純愛系十八禁ゲームとしての矛盾と可能性
（Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ論）

★始めに

　「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」とは、今さら説明するまでもないと思いますが、Ｌｅａｆが発売して大ヒットを飛ばしたパソコンゲームです。ビジュアルノベルと名づけられたサウンドノベル系の十八禁ゲームなのですが、純愛系美少女ゲームとしてのシナリオの完成度が極めて高く、一部にはＨシーン不要を主張するファンもいるほどの作品です。
　この文章は、その「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」におけるＨシーンの必然性について述べたものです。いわゆるＨシーン不要論と受け取られる向きもいるかもしれませんが、ただいたずらにＨシーンを否定するのではなく、そのゲーム性とシナリオから、純愛系十八禁ゲームとしての「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」を論じていきたいと思います。


★十八禁ゲームとは？

　始めに断っておきますが、私は「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」以前にプレイした十八禁ゲームは、たった２本しかありません。「沙織」と「ＥＬＬＥ」です。
　そんな私ですが、十八禁ゲームに単する考えを述べておきたいと思います。

　私は、パソコンにおける十八禁ゲームは、基本的にＨシーンを見るためのゲームだと解釈しています。これはパソコンゲームにおける十八禁ゲーム成立の過程を知っている者なら、誰でも理解して頂けると思います。

　確か９１年か９２年ごろだったと覚えていますが、当時でもパソコンには、いわゆる「アダルトソフト」と呼ばれるゲームが少なくとも過半数を占めていました。当時はＰＣ−エンジンやスーパーファミコンなどの家庭用ゲーム機の性能向上が著しく、ＰＣ−９８０１が主流を占めていたパソコンにおいて、ゲーム機に対し確実にアドバンテージを取れるのは、フロッピーディスクやハードディスクなどの大容量外部記憶装置と、細かい文字やＣＧ描写が可能なグラフィック、そしてハードウェア供給会社による規制が存在しないことでした。従ってパソコンゲームの主流は、いきおいそれを生かすことのできるゲーム、即ちシミュレーションやアドベンチャー、そして当時「アダルトソフト」と呼ばれた十八禁ゲームが主流になりました。そして特にＨなＣＧをメインに据えた「アダルトソフト」は、売り上げの主流を占め、ソフトウェア会社も「アダルトソフト」なら売り上げも見込めるということで、ゲーム性に関らずＨシーンを入れたゲームを売るということも行われていました。
　先に述べた「沙織」は、そんな状況の時に制作されたアドベンチャーゲームです。パソコンゲーム雑誌に売り上げ１位としてランキングが上げられていたので、例えアダルトものでもそれだけ評価が高いのならどれほど面白いのだろうかと購入してみたものです。しかしそのゲーム内容は、とある洋館に迷いこんだ沙織という少女が、館の各部屋に入るごとに全くの別人となり、さまざまなシチュエーションでいろいろな女性と犯しまくる、という内容が無いように等しいものでした。最後に館を抜け出た沙織は家に戻ると、性に目覚め始めるらしいシーンで終わるのですが、なぜあの館が存在するのか、館の各部屋に入るとなぜ別人になってしまうのかの説明は最後までありません。いわゆるＨシーンを見せるために、Ｈシーンにシナリオをつけただけ、という感じのゲームでした。
　ちなみに「沙織」は、他のいくつかのゲームと同時に警察から摘発を受け、小売り店から回収されたといういわく付きのゲームです。過激になっていく一方の十八禁ゲームに警察からの摘発を受け、このままでは危なくて市場が崩壊する、という状況に危機感を抱いたパソコンゲーム業界の側から自主的に発足したのが、パソコンゲームにおける年齢制限ゲームの認定と規制を目的とした自主規定団体である、ソフトウェア倫理機構（以下、ソフ倫）です。

　以上の経緯からも分かる通り、パソコンにおける十八禁ゲームは、基本的にＨシーンを見るためのゲームだと私は思っています。
　もっとも中には例外もあります。ソフ倫発足当時に十八禁に指定されたゲームの中に、「卒業２」があります。「卒業」シリーズは女子校の教師となって、教え子の問題児達を指導して無事に優秀な成績で卒業させることが目的のゲームです。ソフ倫の審査はゲームの中で使われているＣＧのうちもっとも過激と思われるものを提出させ、それによって認定を行うシステムになっていたので、飲酒や喫煙、同棲などのシーンを理由に、「卒業２」は十八禁に指定されたのです。もっとも後にＲ指定に“格下げ”されたのですが、女子高生の指導をテーマにしたゲームで飲酒や喫煙・同棲のシーンが登場しなくてどうするのかと言いたい。ましてや「卒業２」では、同棲のシーンと言っても相手の男の存在は描かれておらず、あくまでそれを匂わすような女生徒のＣＧしか登場していませんでした。この例は警察の摘発に、ソフ倫が過剰反応してしまった例だといえるでしょう。かくして「卒業２」は、Ｈシーンが登場しないのに十八禁に認定された、ほとんど唯一のゲームになってしまいました。

　しかしながらそのような状況でも、十八禁ゲームでありながらＨシーンを見せるだけのゲーム性を脱却し、より大きな視点からゲームを制作するソフトハウスも当時から存在していました。その代表格がエルフでしょう。
　私はその後、「ＥＬＬＥ」というゲームを遊ぶ機会がありました。これはさらに古いゲームなのですが、エルフの作品です。これもやはりアドベンチャーで、詳しい内容は忘れましたが主人公はある組織の一員で、ある事件を追いながら知り合った女性たちと次々に親しくなっていく、という内容でした。しかしながら最後にどんでん返しがあり、実は主人公とヒロインは最後の人間で、それまでの世界はドームの中に作られたゲームの舞台であり、今までの事件はゲームのシナリオにそって行われていたというものでした。今で言うメタ・ゲームというところでしょうが、今になって考えてみると、あのゲームは所詮は十八禁ゲームであるという制約を逆手にとって、主人公が美しいお姉さん達と次々にやりまくるという十八禁ゲームのお約束に対し、合理的な説明を付けていたと言う点で、当時としては画期的ではなかったのか、と思えるようになったのです。
　その後もエルフは良質の作品を制作し、ついには９２年に、「同級生」シリーズを送り出します。このゲームはやった事が無いのですが、十八禁でありながら心の触れ合いという純愛系の物語を描いた傑作だという評価を聞いています。そこにはＨをやる事が目的ではなく、女の子への思いをいかに成就させるかがテーマとなっているのです。そしてエルフはその後、「同級生２」や「下級生」を発表することによりその方向性を極めたといいます。
　そこでは十八禁ゲームとはＨシーンを見せるだけのものではなく、むしろテーマをより深く語るために十八禁という形態を選んだものになっていきました（書いててなんだか遊んでみたくなってきた）。

　そして話は最初に戻りますが、「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」もその系統を組んだゲームだと言うことが言えるでしょう。


★純愛系十八禁ゲームとしての「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」

　それでは、恋愛というテーマをより深く語るために十八禁という形態を選んだゲームとしての「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」の評価はどうなるのでしょうか。

　まず純愛系美少女ゲームとしてこの作品を見ると、物語のテーマとシステムが高いレベルで融合しているゲームだと評価できます。どの純愛系美少女ゲームでも、主人公はヒロインと仲良くなるために、恒常的にイベントを発生させて少しずつ仲良くさせて行く必要があります。これは恋愛とは相手の女の子と少しずつ心を通わせて行くものというモチベーションの実現です。
　「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」のゲームシステムは、基本的に主人公が行動し、女の子と出会い、イベントをクリアするの繰り返しによって行われています。その結果ビジュアルノベルでありながら小説としての要素は薄れたし、また途中で関係ないイベントが挟まってしまうという欠点はあるものの、高校生の恋愛を描くというこの作品のテーマには極めて良くマッチしていて、主人公が女の子たちと心を通わせる過程が分かりやすく描かれていると思います。
　さらにシナリオの質も秀逸で、各シナリオはそのそれぞれの女の子たちの性格や立場を実に印象的に描いています。いわゆるキャラが立った状態であり、ゲームをやった事のある人ならそれぞれのヒロインがどういう性格であるか、どういう立場にあるのか、そして、どういう経過をたどって主人公と想いを成就したかまでを、思い返すことができるでしょう。
　だからこそこのゲームも高いヒットを誇ったと思いますし、キャラクターにファンがついたりもしました。

　また十八禁ゲームとして見ても、このゲームに高い評価を与えてもかまわないと思います。「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」ではＨシーンに到達するには、いつ、どこで誰のイベントに遭遇するかを調べなければなりませんが、基本的にそれは一日分のイベントに対してせいぜい四択、あるいは五択しかなく、それがシナリオクリアのための難易度をやたら難し過ぎないものにしています。かといって必要以上に優し過ぎもしないため、シナリオクリアのご褒美としてのＨシーンに到達した時の達成感を十分味わうことができます。
　Ｈシーンになると、主人公やヒロイン達の性格が変わるという批判もよくインターネット上などで書かれていますが、十八禁ゲームとしてみるならそれも問題にはならないと思います。Ｈシーンの醍醐味の一つに、普段はおしとやかな女の子がいざ行為に及ぶと大胆な行為をしたりとか、あるいは普段はつっぱった態度を取っている女の子が男の言いなりになったりという（それぞれ誰のことかは分かりますよね？）、普段は見ることができない女の子の一面性を見ることができることにあるからです。そういう女の一面を発掘させるには、主人公側も普段とは違った攻めたてるような行為に及んだりする必要性もあるのは当然とも言えるでしょう。

　だが、しかしです。純愛系ゲームとしてはよく出来ている、十八禁ゲームとしてもよく出来ているなら、純愛系十八禁ゲームとしてオッケーなのかといえば、そうとは限りません。数学を修めた方なら分かるとは思うのですが、方程式で部分項の最大値の総和が全体の最大値になるとは限らないように、「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」は恋愛系ゲームとしても十八禁ゲームとしても質の高いゲームであるあまりに、全体として矛盾を生じたシナリオになってしまったものも存在するのです。

　以下に、それについて説明を行います。


★おせっかい系シナリオに見るシナリオとゲームの目的の乖離《松原葵、姫川琴音》

　「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」はシナリオクリア型のゲームです。ではプレイヤーにとってシナリオクリアの目的は何かというと、それはＨシーンを見る事につきます。そうではない、女の子との想いを成就することだと反論するファンもいるかも知れませんが、そうではありません。長岡志保のシナリオをクリアしたファンなら知っていると思いますが、主人公は志保とＨを行ってもそれで女の子と相思相愛になるわけではなく、逆に志保とは将来疎遠になってしまうのです。
　つまりこのゲームでは、“シナリオクリア”イコール“Ｈシーンの鑑賞”ではあっても、“シナリオクリア”イコール“恋愛の成就”ではないのです。もっとも、それゆえに志保のシナリオはより深いテーマを扱っているのですが、そのことについては後述します。
　従って、各シナリオにおいてＨシーンは一つのクライマックスになっており、その文章による描写も特に力をこめて細かく描写されています。

　ではこのゲームにおける主人公の行動原理はなんでしょうか。実はこれが各ヒロインによって異なるので一概には言えないのですが、少なくとも女の子とＨするため、とは言えないでしょう。
　「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」において、各シナリオはおおざっぱに分けると、おせっかい系シナリオとおともだち系シナリオに二分される思います。おせっかい系とは保科智子、松原葵、姫川琴音に代表される、主人公が女の子に共感して、あるいは見るに見かねておせっかいをしてしまうタイプのシナリオ、おともだち系とは神岸あかり、長岡志保、宮内レミィに代表される、普段は単なる女友達としてしかつきあっていなかった相手が、いつの間にか主人公にとって大切な存在になっていたというタイプのシナリオです。
　そしてここが重要な話なのですが、おせっかい系シナリオにおいては主人公は自分から女の子に対して接触を図るのですが、それはその女の子に対する打算的なものではなかったということです。

　例えば保科智子の場合、主人公はクラスから孤立していて心を開こうとしない智子の存在をを無視することができませんでした。智子に悪質な嫌がらせを行ったクラスメートを呼び出して説得を行ったり、智子につれなくされて怒っても翌日にはやっぱり気になって声をかけたりします。その主人公の行為に、女をモノにしようという打算的な意識は見当たらず、むしろクラスから孤立している委員長をほってはおけないという人の良さしか感じられません。
　もっとも智子の場合は、それはまだ明確な欠点となっては表われていませんでした。智子が孤立していたのは大阪出身である彼女にとっては東京の空気になじむ事ができなかったという一種のホームシックによるものでした。ところが大阪の幼なじみたちが自分のいない間に勝手にカップルになったことを知った智子はそれを裏切りのように感じ、今まで自分におせっかいを行って来た主人公を呼び出します。初めて主人公に心の内を打ち明けるそのシーンから二人が結ばれる部分に至る感情の流れに無理な部分はなく、またそれが保科智子のシナリオのクライマックスとなっていたため不自然さを感じさせなかったのです。

　松原葵の場合はどうでしょうか。葵の場合は総合格闘技であるエクストリームの同好会設立にひたすら一所懸命になっている姿に、主人公は感化されて入部してしまいます。空手の先輩と空手部入部をかけて練習試合を行うことになった時も、自分の夢であるエクストリームを先輩に認めてもらうために決意する葵の姿を見て、主人公は協力を申しいれます。そこに打算的な態度は微塵も感じられず、エクストリームで強くなって憧れの綾香と戦いたいという葵の夢に共感した主人公の姿に嘘偽りはないでしょう。
　したがって、この松原葵のシナリオのクライマックスは、あくまで葵対先輩の練習試合のシーンとなっています。普段は緊張して実力を出せない葵が主人公の励ましによって自信を回復し、試合においても先輩の打撃を受けてふらふらになりながらも、主人公の叫び声に反応してカウンターで寸打を入れるシーンは最高の盛り上がりであり、「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」のシナリオのすばらしさを認識させられるものです。
　しかしながらそこでシナリオとしてのテーマは終わっているため、その後のＨシーンはつけ足しという感じがぬぐえないのです。その後主人公が修学旅行に出かけたため、しばらくの間一人に戻った葵は主人公が自分にとってどれだけ大切な存在になったかを自覚し、練習にも身がはいりませんでした。そこから二人がただの先輩と後輩から恋人同士の関係になるという話の流れに無理はないのですが、もともと十八禁ゲームであるだけにその後にくるＨシーンの描写に必要以上に力が入っています。これはゲームとしてのクライマックスがＨシーンにある事からの必然性のためでしょうが、Ｈシーンそのものに話のテーマは関係しないため、シナリオ全体のストーリーからみるとＨシーンだけが浮いてしまっているのです。

　姫川琴音の場合も同様です。超能力少女である琴音が未来を予知すると、それが必ず実現します。しかも予知するのは必ず不幸な未来であるため、琴音は周囲の友人達から不幸を呼ぶ少女として敬遠されるようになりました。そんな琴音の事情を知った主人公は予知能力を否定し、琴音が不幸を呼び込んでいるわけではないことを証明しようと躍起になります。それは琴音のことが見ていられなかった主人公のおせっかいであり、思いやりといってもいいでしょう。
　最後に主人公は、琴音の超能力が予知能力によるものではなく、実は念力である事に気付き、それを実証しようとします。主人公の言葉を疑う琴音を屋上に連れて屋上の手すりを乗り越え、主人公が地面に落ちる未来を予知させます。そして琴音の無意識の念力によって地面に落ちそうになりながらも琴音に訴え、これが予知ではなく念力であるため、琴音が自分で念力を操れるようになれば助かる事を訴えるのです！
　姫川琴音のシナリオのクライマックスはあくまで命をかけて琴音が不幸を呼ぶ疫病神ではないことを証明しようとしたこの屋上のシーンであるため、その後のＨシーンはつけ足しに過ぎません。もちろん命をかけて自分の潔白を晴らしてくれた主人公に対し、琴音が好意を抱くのは当然ともいえるでしょうし、その気持ちに主人公が答えるのも無理のある設定ではありません。しかしながらやはりその後に来るＨシーンは、シナリオのテーマから考えると余計だと言わざるをえないのです。

　これらおせっかい系シナリオにおけるＨシーンの矛盾は、恋愛系ゲームとしてのシナリオにおける主人公の目的と、十八禁ゲームとしてのプレイヤーの目的が乖離してしまったためにに生じたものであると言えます。そしてその矛盾がもっとも端的に表われたのがマルチのシナリオであり、しょせんは十八禁ゲームであると開き直ってしまったのが、隠しキャラである雛山理緒のシナリオだと言えるでしょう。


★純愛系十八禁ゲームとしての矛盾を背負った存在《マルチ、雛山理緒》

　マルチも雛山理緒も、どちらかというとおせっかい系のシナリオであると言うことができます。理緒に関してはおともだち系ということもできなくはないのですが、クライマックスに関しては明らかにおせっかい系になっているのでそちらに分類します。

　マルチのシナリオは実によくできているといえます。人間そっくりというコンセプトで作られたメイドロボの試作品であるマルチは、そのメイドロボとしての特性からかあまりにも人（ロボット？）が良過ぎてクラスメートにいいように使われてしまいます。その体よく使われているマルチを見るに見かねて主人公は手伝ったりするのですが、その過程でマルチは実際にはメイドロボだからという理由ではなく、人間たちが好きだからお役に立ちたいという気持ちでお手伝いをしているということを知ります。主人公はマルチと付き合うたびにそんな彼女の気持ちを肌で感じ、所詮はプログラムによって組まれた行動パターンであると承知していながらも、マルチには実は人間以上に人間らしい心があるのではないかと思えるようになって来るのです。
　そしてクライマックス、実験通学の最終日に今までのお礼として主人公の家を訪れたマルチは、そこで主人公に会えるのが最後である事を看破されます。実験期間中の行動データはコンピュータに保存され、ボディは新しいテストのために別のデータが入れられてしまうというのです。これが最後だと知った主人公はそこで別れるのを拒否し、夜が明けるまでマルチを家にとどめておきます。
　実はマルチの場合、シナリオのテーマとしてのクライマックスは十八禁ゲームとしてのクライマックスと一致しています。従ってそれ自体にはそれほど問題はありません。また私は、ロボットである少女には本来人間の女が持つ性欲の対象としての生々しさが存在せず、それゆえにマルチは人間の負の感情が存在せず、プレイヤーの純愛の対象になり得たなどという、オタクの喜びそうな理論をここで述べるつもりもありません。
　では何がいけないのかというと、いくら人間そっくりというコンセプトで作られているからといって、所詮はメイドロボに過ぎないマルチに、なんでそういう機能まで付いているのか、ということなのです。マルチの人間そっくりというコンセプトはその容姿や性格、行動パターンが人間のそれであるということであり、そこにボディの造形は含まれるとしても、人間とＨするための機能は明らかに本来の目的から考えると余計な代物です。それではまるで、ダッチワイフロボではないでしょうか。あのマルチのシーンにおいて、主人公は余計な意味はなく、文字どおりマルチと一緒にいるだけで十分にシナリオにおけるクライマックスの役割は果たせたと思います。
　このマルチの設定における矛盾は、純愛系のゲームでありながらＨシーンを入れなくてはならない十八禁ゲームとしてのお約束に囚われた結果、生じたものだと言うことができます。

　雛山理緒の場合、話はもっと直接的です。理緒は母子家庭でありながら母親が病気で入院し、生活費をアルバイトで稼がなくてはならなくなりました。そのために生活は困窮し、学校の制服すら買い替えることができずに繕って着ているほどの少女です。始めは元気なアルバイト少女として登場した理緒ですが、彼女の弟が登場してきたことで、主人公は理緒の家庭事情を知ることができます。
　そんな理緒ですが、まだ小学生の弟の誕生日祝いために無理をして携帯用電子ペットゲーム機を買ってあげようとします。品薄でプレミアのついたその携帯ゲームは理緒が購入するには結構高い代物なのですが、彼女は購入したその日のうちにゲーム機を紛失してしまいます。
　なんとか彼女の力になって上げたい主人公は友人である雅史からそれと同形のゲーム機を譲りうけ、落とし物が見つかったと嘘をついて彼女に渡します。しかしながら色違いから主人公の嘘を見破った彼女は、お礼としてというより代金の代わりとして、主人公にＨを持ちかけるのです！
　これは客観的に見て、結果的にとはいえ売春行為に近い行いであるのは否定できない事実です。もちろん理緒は、以前から主人公のことが好きだったと告白する事でこれが単なる“体で払う”行為ではないとフォローを入れますし、主人公もそういうことならと納得します。しかしながらこの強引な展開は純愛系というにはあまりにも苦しい部分があり、このゲームが所詮は十八禁ゲームであると開き直っていると受け取れなくもありません。そう考えるとこのシナリオが隠しシナリオであったのは、ある意味で正解だったのかもしれません。


★おともだち系シナリオに見るより深いテーマ性《長岡志保、神岸あかり》

　では「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」は、純愛系十八禁ゲームにおける作品性作りに失敗していたかというと、必ずしもそうだとは限りません。いえむしろ、シナリオによっては十八禁ゲームであるからこそ、従来の純愛系美少女ゲームの枠組みを超えた純愛を達成しているシナリオもあるのです。

　長岡志保のシナリオがそうだといえます。志保は中学の頃からのあかりの親友で、もちろん主人公とも知り合いです。なにかというとすぐ主人公に絡んできて、小生意気な態度でちょっかいを出してきます。顔は可愛いかも知れないが性格は可愛く無いタイプの典型でしょう。もちろんそれでやり込まれる主人公ではなく、なにかあるとすぐやり返すのですが、いいかげんうざったく思っている部分もあるみたいですね。９人のヒロインのなかでは、比較的人気が低いというのも仕方のない部分があるかもしれません。何かというと小生意気な事を言う子よりは、元気な事か素直な子の方がいいのは男として当然ですしね。
　そんな志保と主人公は、あくまで腐れ縁の関係を続けて行きます。時には志保が自分からまいた種で襲われそうになっている場面に出くわして助けることもあるのですが、普段は仲良く追試を受けたら消しゴムの玉のぶつけあいになったり、ゲーム勝負をしたりカラオケ勝負を行ったりと、対等の友人同士として付き合って行きます。そしてある日、主人公は志保につきあった後、志保に押し切られる形で自分の家に連れてきてしまいます。そして志保が作った誘いに乗る形で、志保としてしまうのです！
　驚くべき事に、このシナリオにおけるＨシーンへの突入は性への好奇心という形で描かれていて、この時点まで主人公は志保のことを、恋愛の対象とは捕らえていないのです。志保の方もまた、主人公にこれは一時の興味だけだからねときっぱり言い渡し、休みが明けた後の修学旅行でも主人公にいつも通りの態度を貫きます。主人公の方もそれに答える形でそれまでの二人の関係に戻り、高校卒業後は互いの関係は疎遠になるのです。
　志保のシナリオをクリアした方なら承知の事ですが、このシナリオのテーマは実は秘めた想いでした。実は志保は主人公のことが好きだったのですが、親友であるあかりの幼なじみにして彼女と同じ人物を好きになってしまった志保は、その思いを断ち切るために、主人公に誘いをかけたことが判明します。そしてこの事実が、愛のない好奇心だけのＨシーンというともすれば危険なテーマを扱ったこのシナリオを、純愛系美少女ゲームという枠内にとどめておいたのです。その意味でこれは、純愛系の枠組みを超えてより深いテーマ性を描ききったシナリオと言いうことが出来るでしょう。
　ちなみに私は、「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」では誰が好きだと聞かれたら、キャラクターとしてはマルチだがシナリオは志保だと言うふうに答えることにしています。その理由は以上にあげた通りです。

　神岸あかりの場合、彼女は主人公の幼なじみとして最初から登場します。内気で引っ込み思案なところはありますが、面倒見が良く、なにかと主人公に対してお姉さん風を吹かせる一面もあります。
　主人公は当初、あかりのことを単なる幼なじみのようにしか思っておらず、恋愛の対象とは捕らえておりませんでした。しかしあかりがそれまでの短い２つの三つ編みから、ストレートのヘアバンドにヘアスタイルを変えた頃から主人公のなかで戸惑いが生じます。この戸惑いは、全てを知っているはずの幼なじみに対する、知らない一面を見てしまったことに対するものでしょう。その後も主人公は、クラスメートの男子（結構かっこいい系統）にあかりを紹介するのを断ったり、子供のころ発見した秘密の近道を再び一緒に探検したりしたときに、あかりに対してわき上がる感情に戸惑ってしまいます。
　シナリオの後半であかりが風邪を引いた事がきっかけで、主人公とあかりの関係は一気に接近します。その後風邪から回復したあかりが食事の面倒を見にやってくるのですが、そこで主人公とあかりはいったんはＨを試みますが、主人公は焦りからか途中で全くたたなくなってしまい、この時点では未遂に終わってしまうのです！
　ここで主人公の行為が未遂に終わってしまったのは、その後の主人公の言葉を借りれば、あかりのことをずっと妹のように感じてきたからだと言います。妹のように感じていたからこそ、あかりに対していざ行為に及んだ時、罪悪感を感じてしまったのだと。幼なじみに対して妹としての感情と恋愛対象としての感情とがないまぜになったこのあたりの描写はすばらしく、特に最初のＨシーンで罪悪感を感じたという展開は、十八禁でなければ十分に描けなかったものではないか、と考える事もできるのです。

　以上のように、「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」には十八禁ゲームでないと表現できない事に果敢に挑戦したシナリオも存在します。ここで思ったのは、例にあげた長岡志保も神岸あかりも、おともだち系シナリオであるということです。そして今まで普通のおともだち関係だった主人公とヒロインが、今までの関係を踏み越え、あるいは見つめ直すための重要なシーンとしてＨシーンを持ってきています。その意味でも、クライマックスにＨシーンをもってくるこのゲームにおいて、かなり相性が良いと言うこともできるでしょう。
　ここでは上げませんでしたが、宮内レミィ、来栖川芹香もおともだち系シナリオだということができます（来栖川芹香に関してはおせっかい系としての要素も強かったのですが、クライマックスの展開は明らかに対等な男女の関係としてのシナリオとなっていました。Ｈシーンへの展開は多少強引でしたけど）。そのためでしょうか、純愛系十八禁ゲームとしての違和感を感じる事は少なかったように思います。


★最後に

　以上で「Ｔｏ　Ｈｅａｒｔ」に関する私の論考を終わります。
　なお、このゲームはプレイステーションに移植されようとしています。当然ながらプレイステーションは十八禁の規制が厳しく、Ｈな要素はほとんど全て排除される事が予想されます。非十八禁の純愛ゲームとしてこのゲームが語られ直すとき、松原葵や姫川琴音、マルチのシナリオがすっきりされることを待望するとともに、雛山理緒のシナリオの欠陥がどう整理されるのか、さらには長岡志保や神岸あかりといった、Ｈシーンが重大な意味をもっている彼女たちのシナリオをどうアレンジするのか、私は期待と不安を抱いています。
　では、ブランニューハートから幾つもの出会いが重なり合うことを願って。

初出：98/ 9/ 6 http://www.tky.3web.ne.jp/~junhelm/consider/toheart_game.htm