葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round60!!

458 名前：名無子投稿日：01/12/07 22:16 ID:DdadVEiK

＜ＳＨＩＨＯ−ＣＨＡＮ’Ｓ　ＲＯＭＡＮＣＥ＞　その１

「ヘロー、ロイ。ご機嫌いかが」
「Ｏｈ！　そこに居るのは、シホじゃないか。どうしました」
「最近、大きな事件がなくてちょっと不景気なのよ。そっちはどう！？」
「よく言います。ＳＨＩＨＯ−ＣＨＡＮといえば、今や全米で赤丸売り出し中の新進ルポライターじゃないですか。不景気な私の顔を見て、からかいに来たのかと思いましたよ」
　何しろ　ＳＨＩＨＯ−ＣＨＡＮ’Ｓ　ＮＥＷＳ　といえば、フリーライターとしてそこそこ名が売れて来てるからね、というと、ロイ──ロジャースはクックと笑う。
　２年前、わたしは大阪の大学を休学してアメリカに留学した。
　日本ではわたしのやりたいことができないと思ったからだ。本当はもう一つ理由があるが、ここでは述べない。
　アメリカ東海岸に来て、しばらくレミィの家にホームスティをしていた。
　言葉の壁はもちろん会った。日本で学んだ英語はほとんど役に立たなかったが、アメリカでの留学中に実践的な英語を身につけることができた。
　そして留学の本来の目的──ルポライターになりたいとレミィの父親、ジョージさんに相談したところ、見習いとして紹介された事務所にいた先輩ルポライターがロイだった。
　ロイはあたしに、ライターとしての基本を一から教えてくれた。
　記事は全て裏づけを取ること。あたしが高校時代にやっていた志保ちゃんニュースみたいに、裏付け無しの憶測は交えてはいけないこと。
　取材に行くときには事前に資料を調べに行くこと。
　ロイのアシスタントをしている時には、重い機材を運ばされたりもしたわ。フリーのライターは身体が資本だということで身体を鍛えさせられたときには、こいつ絶対にサドだって思ったものよ。
　おまけにあっちこっちに飛び回っているうちに、自動車の国際免許まで取ってしまったわ。ちょっとしたドリテク（ドリフト・テクニック）まで身につけたわよ。
　英語と日本語のバイリンガルということで、重用されたときには嬉しかったわよね。
　わたしのルポライターとしてのノウハウは、ロイに叩き込まれたといっても言い過ぎじゃないわよね。

459 名前：名無子投稿日：01/12/07 22:16 ID:DdadVEiK

＜ＳＨＩＨＯ−ＣＨＡＮ’Ｓ　ＲＯＭＡＮＣＥ＞　その２

　ま、とにかくロイのおかげで、今の志保ちゃんがいるってわけよ。
「いや、シホが始めて私のところに来たときにはどうなることかと思いましたが、ここまで立派に成長するとは思いませんでした」
「あら、私を誰だと思ってんの！？　伊達にロイにしごかれたわけじゃないのよ」
「いやいや、ライターとしてはもちろんそうですが……」
　そういうと、ロイは悪戯っぽい目付きでわたしを見つめた。
　いや、その視線が刺さっているのは、どちらかというとわたしの胸の谷間のような。
「ちょっと、ロイ。どこ見てんの！？」
「東洋人はちんちくりんと言いますが、２年前と比べてもシホは成長していますねえ」
「ロイ、それってセクハラっていうのよ。裁判起こされたいの」
　訴訟社会アメリカでは、本当にどんなことでも裁判のネタになる。日本では問題にならない些細な出来事で、多額の賠償金をむしり取られることもあり得るのだ。
「ノー、ノー。私はシホがいい女になったと言ってるのですよ」
「ふん、そう言って今まで何人の女を泣かせてきたのかしら」
　わたしがアシスタントをしていた頃は、ロイの周りには本当に女っ気が絶えなかった。けっこうなプレイボーイだったのよね、こいつ。
「シホ、明後日の夕方、空いてますか」
「ん、空いてないこともないけど」
「そうですか。それではその時、付き合ってくれませんか」
「なに、また奢ってくれんの！？」
「その通りです。高層ビルのレストランで、一緒にお食事でも如何ですか」
「なーに、それ。一流レストランでの食事。あんたには似合わないわよ」
「似合うかどうか、一緒に来てくれれば分かります。それではシホ、オッケーということでよろしいですね」
「へ、あ、ちょっと」
　そういうと、ロイはあっちに駆け出していった。

460 名前：名無子投稿日：01/12/07 22:17 ID:DdadVEiK

＜ＳＨＩＨＯ−ＣＨＡＮ’Ｓ　ＲＯＭＡＮＣＥ＞　その３

　その日の晩、あたしはレミィの家にいた。アメリカ東海岸にいるときはいつもレミィの家にホームスティすることにしている。
「はーい、シホ、どうしたの。今日は元気が無いね」
「ん、ちょっとね……」
「もしかして、またロイのことかしらん」
「な、な、何言ってるのよ、ヘレン！？」
　レミィの本名はレミィ・クリストファー・ヘレン・宮内であり、家族はレミィのことをヘレンと呼ぶ。私も日本語ではレミィと呼ぶが、ここにホームスティすることもあり、英語の時にはヘレンと呼ぶようになった。
「わおー、ホントですか。もしかしてデートに誘われたとか」
「え、やっぱりアレってデートのお誘いなのかしら」
「シホって本当に嘘が付けませんね」
「あ……」
　どうやらわたしは、本当に気がぼうっとなっていたらしい。レミィのこんな単純なひっかけにも引っかかるぐらいなんだから。
「で、どうします。ロイとつきあうことにしたんですか」
「ロイとつきあうって。私とロイってそんな関係じゃないってば」
「そうですか。わたしの見たところ、ロイはシホに気があると思うんですが……」
　そう言ってレミィは考え込んだ。
　わたしもそれはなんとなく気付いていた。わたしだってロイの好意にいつまでも気付かないほど子供じゃない。
　しかし、それでもロイとつきあう気になれないのは何故だろう。
「ロイはいい人ですよ。態度は悪いけど」
「そうね、おまけに目付きも悪けりゃ口も悪いし、おまけに根性も悪いしね」
「それに、ヒロユキにも似てますしね」
「えっ……！？」
　レミィが何気なく言った言葉は、わたしの口から呼吸を奪った。

461 名前：名無子投稿日：01/12/07 22:17 ID:DdadVEiK

＜ＳＨＩＨＯ−ＣＨＡＮ’Ｓ　ＲＯＭＡＮＣＥ＞　その４

「どうしました、シホ。急に黙って……」
「ごめん、ヘレン。部屋から出ていって」
「シホ」
「出てって！？」
　そうなのだ。ロイはヒロに似ている。
　白人と日本人、英語と日本語、２０代後半と高校生（わたしの知ってる浩之は、高校生の頃までだ）という違いもあって、今まで気が付いていなかった。
　いや、気付かないふりをしていた。
　しかしぶっきらぼうでつっけんどんな態度の裏に、優しさが見え隠れしている。そういう面でロイはヒロに非常に似ていた。
　あたしがアメリカにやってきたのは、ヒロから逃げ出すためだった。正確に言えばヒロと親友との間から逃げ出してきたのだ。
　そしてアメリカにやって来て、気のあう友達もここでたくさん出来た。その中でも一番気があったのがロイだったのだ。よりにもよってその彼が……。
　わたしは、布団に潜り込んだ。

「日本に戻る！？　どういうことですか」
　２日後のデート、ロイとのレストランでのお食事で、わたしはロイに日本に帰る旨を告げた。
「日本でやり残してきたことがあったのよ。だからそれをやりに戻るの」
「ルポライターはどうするのですか。アメリカ一のライターになるのは、シホの夢だったじゃありませんか！？」
「ルポライターなら日本でも出来るわ。ここと違って車がかっ飛ばせないことが残念だけど」
　そういうと、わたしは席をたった。
「ロイ、ごめん。でもこれはどうしてもわたしがやらなくちゃならないことだから」
　そうだ。あたしは３年前、親友との決着をつけずに逃げ出した。子供だったのだ。
　しかし逃げてばかりでは、あの時のわたしの気持ちは一歩も進めない。
　未だにヒロに惹かれていた自分の気持ちに気付いてしまった以上。
　多分これが最後になるだろうと思いながら、わたしはロイに心の中で別れを告げた。