葉鍵板最萌トーナメント２回戦Round85!!

713 名前：名無子投稿日：02/01/04 04:41 ID:LnoCCSLj

＜乙女になれなくても＞　その１

　この高校に転校したとき、あたしは乙女になると誓った。
　前の学校では、あたしはスポーツの特待生だった。剣道では県大会に出場して上位に入賞できるほどの腕前だった。
　身体を痛めて剣を捨てざるを得なかったとき、あたしは今までの自分と言うものを見失ってしまった。
　それでも剣道部の先輩に励まされて、わたしは乙女になることを誓った。
　剣の道を失ったあたしには、それ以外の道は思いつかなかったんだけどね。
　でも今まで剣道しか目に入っていなかったあたしに対して、周りの女の子たちはどうつきあってよいのか分からなかったらしい。
　周囲の女の子と会話が通じなかったのはショックだったよね。
　幸い、時を同じくして両親の転勤が決まったので、あたしも高校が変わることになった。全く違った環境で、乙女としてやり直せるんだ。そう思った。
　そして、その試みは今までのところ成功している。
　乙女の道を邁進するあたしのことを、クラスのみんなはお嬢様育ちだって思って接してくれている。
　ちょっと意地悪な女友達もいたけど、長森さんという気心のしれた友達もできた。転校初日に、街角でばったりという出会いだったけど、すぐに仲良くなれた。
　長森さんは付け焼き刃なあたしとは違って本物の乙女だったけど。
　その長森さんの様子が、最近どこかおかしい。
　あたしが尋ねても、寂しそうな顔をして何でもないからという。
　ときどき、「……のこと、覚えている」とか尋ねてくるけど、あたしの知らない名前だったからそう答えたら、そうだよねと寂しく笑ってくるんだ。
　そしてそのまま、またクラスの片隅で寂しく座っている。
　以前はそんな寂しそうな感じじゃなかったのに。
　あたしは何かを忘れているのだろうか。
　いや、そもそもあたしが長森さんとどうして仲良くなれたのか、それが思い出せない。

714 名前：名無子投稿日：02/01/04 04:42 ID:LnoCCSLj

＜乙女になれなくても＞　その２

　きっかけはあった。街角でばったりという出会いだ。
　しかしそれだけであたしが長森さんのようなひとと仲良くなれるとは思えない。
　あのとき、……がいた。あたしはそいつのあまりの仕打ちに、思わず叫んでいた。
　あれ？　あの出会いのシーンで、長森さん以外に誰かいたっけ。
　そいつは、あたしの乙女の仮面を、容赦なく剥ぎ取ってくる奴だった。
　おかしい。あたしは純情可憐な乙女として、クラスでは通っていたはずだった。
　あたしは本当に大切なものを忘れているのではないか。
　クラスのみんなも、学校の先生も、誰も彼も忘れてしまったこと。最初から無かったことになっているもの。
　それを長森さんは知っているというのだろうか。
　それを思い出せれば、長森さんの辛さが分かるのだろうか。
　あたしが忘れていること。あたしが思い出せないこと。
　それは、あたしの本当の素顔を暴いてくる奴だった。
　あいつが帰ってきたら、あたしは乙女ではいられなくなる。
　しかし……あたしは……。
　あたしの本当の素顔を知ってつきあってくれたのはあいつだった。
　あたしの本当の素顔を知ってつきあってくれていたのは長森さんだった。
　今はあいつが最初からいなかったことになっているので、あたしは最初から乙女で通ってきたことになっている。あいつが戻ってきたら、あたしは乙女ではいられなくなるかもしれない。
　それでも、あいつが戻ってきたら。
　また、あたしと、あいつと、長森さんで以前のようにに仲良くやっていけるのだろう。
　あたしがあいつを思い出せば、あいつが帰ってくる可能性がそれだけ高くなる。
　そうすれば、長森さんにも笑顔が戻るかもしれない。
　一人より二人だ。
　それで、あたしが乙女でいられなくなったとしても。
　乙女になれなくても。
　それでも、あたしはあの時の本当に大切な時間を取り戻したい。
　あいつの名は……

715 名前：名無しさんだよもん投稿日：02/01/04 04:43 ID:6VieFOrF

国崎往人