葉鍵板最萌トーナメント２回戦Round100!!

222 名前：名無子投稿日：02/01/18 22:36 ID:cw1XegIg

＜初音の一日＞　起床

　柏木家の四女、柏木初音の一日は、梓との朝食作りから始まる。

「ほい、初音。そこのお醤油とってくれ」
「はい、梓お姉ちゃん」
「それから冷蔵庫からお豆腐とってきて、賽の目に切ってくれない。みそ汁の具にするから」
「わかった。すぐ作るからね」
　梓の指示の元でサポートをする初音は、柏木家の料理番を自認する梓の目から見てもなかなか手際が良かった。
「よっし、鯖の味噌煮もできたっと。初音、配膳はしとくから千鶴姉と楓を起こしてくれない」
「うん。すぐ起こしてくるねー」
　屈託のない声で答えると、初音は千鶴と楓を起こしにいく。
「千鶴お姉ちゃん、楓お姉ちゃん。ご飯だよおー」
　だが、初音の声では千鶴も楓もなかなか起きてはこない。千鶴は日頃の激務の疲れからなかなか目が覚めないことが多いし、楓は低血圧の気があるのか朝には弱いたちだ。
　楓は高校が近く、千鶴は重役出勤ができる身分のため初音たちより遅く登校や出社できるという理由もあるが。
「もう、お姉ちゃんたら！　ご飯が冷めちゃうよ」
　結局、初音は姉たちの部屋に入り込んで起こすことが多い。
「うーん、初音。あと５分……」
「ほら、今日は耕一お兄ちゃんがやってくる日でしょう。耕一お兄ちゃんにあきられちゃうよ！」
「……！！」
　がばっ！　と起きる千鶴と楓。こういうときにお兄ちゃんの名前を出すのは卑怯だよなぁと思いながらも、その効果の凄さにあらためて初音は耕一を見直していた。
　こういうことで見直される耕一もなんではあるが。

223 名前：名無子投稿日：02/01/18 22:37 ID:cw1XegIg

＜初音の一日＞　朝食

「まったく、大企業の会長様っていうのも寝坊ができていい身分だよねえ」
「梓、そんなこと言わなくても。ここんところ仕事で多忙だったのよ」
　千鶴と梓は、顔をあわすたびに軽い口喧嘩をする。
　もっとも梓も、なんだかんだと言って千鶴の立場は認めている。一種のレクリレーションみたいなものだ。
　そんな千鶴と梓の関係を知悉している楓は、特に二人のケンカを止めようとはしない。
　従って、止め役に回るのは初音の役割となる。
「ほら、千鶴お姉ちゃんも梓お姉ちゃんも、口喧嘩はやめて朝ご飯にしようよ」
「ええ、そうね。……梓、ちょっと朝ご飯が多すぎないかしら」
　茶碗に盛られたご飯に豆腐とワカメのみそ汁、鯖の味噌煮、さといもの煮物におひたし、たくわん、かずのこなど色とりどりのおかずの山をみて、千鶴は文句を言った。
「千鶴姉、きちんと食べないと仕事ができないぜ」
「でも、太っちゃうじゃないの」
「だーめ。千鶴姉はお腹が空くと機嫌悪くなるじゃないか。会社の雰囲気が悪くなるから朝はきちんと食べさせてくれって足立さんに言われてるんだ」
「足立さんたら……。あーあ、胸に栄養がいってる人は、太る心配がなくていいわねえ」
「胸は関係ないだろ、千鶴姉は運動不足なんだよ」
「ほら、お姉ちゃんたち、朝からケンカなんてみっともないよ」
　二人の口論がエスカレートする前に、初音は二人を止める。ここら辺の呼吸はもう知れたものだ。
「まあ、そうだな。朝食にするか」
「ええ、そうね。それでは戴きます」
「……ごちそうさま」
　二人が朝食に手をつけはじめたとき、楓がご飯をちょうど食べおわったところだった。
「ええ、楓お姉ちゃん。もう食べ終わったの！？」
　こくり、と頷く楓。
「だめだよー、楓お姉ちゃん。ご飯はきちんと良く噛んで食べないとー」
「おいしかったから、ごちそうさま」
　そっけなく言うと、楓は部屋に戻る。
　初音が食卓に目を戻すと、千鶴と梓がお互いを牽制しあいながら朝食を取っていた。

　初音の朝食は、気配りで始まり気配りで終わる。

227 名前：名無子投稿日：02/01/18 22:37 ID:cw1XegIg

＜初音の一日＞　放課後

　初音も高校一年生である。
　少し遠くの公立高校に通っている初音でも、帰り道を一緒に帰るほど仲の良い友達は何人かいる。
　お世辞にも進学校とはいえない初音の高校でのクラスメートとの話題は、当然恋愛ごとが多くなる。
「ねえねえ、まりナスさあ、高橋先輩との関係はどうなったの」
「先輩、最近デートもしてくれないんだあ。ただでさえ大学進学して会えなくなってるのに。それよりゆかコンの方はどうよ。Ｄ組の萩屋くんとはどこまでの関係？　もうＢは済んだ？」
「いやだあ。いまどきＢまでなんてないよ。今度の連休、デートに誘われてるんだ」
「あー、もしかして既成事実、狙ってるー！？」
　そういうあけっぴろげな話題を聞いていると、初音は顔が真っ赤になってしまう。
「ねえ、まりちゃん、ゆかこちゃん。そういう話は歩きながらするもんじゃないよ」
「うん、どうした初音ちん。私たちの話題が少々きつすぎたかね」
「初音はお子様だからねえ。今時の女子高生なら当たり前の話題じゃないの」
「で、でも……」
「ところで初音ちん。この間言っていた従兄弟のお兄ちゃんとの関係はどうなったのかね」
「えっ、えっ！？」
「初音も従兄弟くんと試しにデートして、男に対して免疫付けといた方がいいわよ」
「え、でも耕一お兄ちゃんがなんていうか……」
「あれ、そこにいるのは初音ちゃんじゃないかな」
　突然声をかけられて、初音は驚いて振り向いた。見ると、バッグを手荷物に掲げた耕一が道の向こうから声をかけていた。
「え、耕一お兄ちゃん！？　まだ到着する時刻じゃあ！？」
「いやー、初音ちゃんに会いたくて早めの電車で来ちゃったよ。まだこの辺の地理の地理には疎くて道に迷ってたんだけど、良かった。初音ちゃん、お家まで連れてってくれない？」
　耕一の無邪気な言葉に、初音はますます赤くなった。
「ねえ初音、あれが従兄弟のお兄ちゃんなの？　けっこう素敵なお兄さんじゃない」
「それじゃあ初音ちん、あたしたちはおさらばするから、しっかりやりなさいよね」
「あ、まりちゃん、ゆかこちゃん！！」
　二人の友達と別れた初音に、耕一が声をかける。
「ん、どうしたんだい、初音ちゃん。顔を真っ赤にしちゃって」
「んもう、耕一お兄ちゃんなんて、知らない！！」

233 名前：名無子投稿日：02/01/18 22:38 ID:cw1XegIg

＜初音の一日＞　夕食

「うんもう、耕一お兄ちゃんのおかげで、恥ずかしかったじゃないの」
「悪い悪い、初音ちゃん。まさか俺のことで友達と話題になってたなんて知らなくてさ。《最萌トーナメント》で<<初音ちゃん>>に一票って書くから許してくれない？」
　夕食の席、めずらしく初音がぷんぷんと怒っていた。
　昼間の友達とのやりとりが相当恥ずかしかったらしい。
「でも嬉しいな。初音ちゃんと俺がそういう関係に見られたなんて。こんど本当にデートしよっか」
「えっ、デート！？　あたしが耕一お兄ちゃんと！？」
「それとも初音ちゃんは、俺とデートするの嫌いかな」
「えーと、嫌いじゃないよ」
「はいはい、あたしらの前で、そういう恥ずかしい会話は止めてくれない」
　梓が割って入る。
　今日は耕一が久しぶりにやってくるということで、千鶴も早く帰って来ていた。楓も普段の早喰いをやめて、ゆっくりと食事をしている。
　耕一に好意を抱いている三人にしてみれば、耕一が初音とばかりいい雰囲気で話しているのが面白いはずがない。
「あ、でも耕一お兄ちゃん。千鶴お姉ちゃんや梓お姉ちゃんや楓お姉ちゃんたちと一緒だったらいいよ。あたしもみんなと一緒だと楽しいし」
「え、まあそういうのもいいかしらね」
「そうかもな。今度予定開けとくよ」
「……………………（こくり）」
　初音の必死のフォローに、三人も機嫌を直したようだ
「お、これはいわゆるグループ交際ってやつか。こういうのもいいよなあ」
「耕一お兄ちゃんたら」
「それじゃあごちそうさまでした。おいしかったよ、梓、初音ちゃん」
　にっこり笑って食事の感想を言う耕一の言葉に、梓と初音も嬉しそうにしていた。
　その姿を千鶴はうらやましそうに見ていた。
「……今度は私もご馳走に挑戦してみようかしらか」
「い、いえ。千鶴さんは仕事で忙しいんでしょう。その気持ちだけで十分ですよ」
「そ、そうだよ千鶴お姉ちゃん」
　千鶴の爆弾発言に、初音たちは慌てて千鶴のとりなしを始めた。

235 名前：名無子投稿日：02/01/18 22:39 ID:cw1XegIg

＜初音の一日＞　就寝

　柏木家についてから慌ただしい歓迎をうけた耕一は、夜が更けると客間の布団の中に潜り込んで寝ることにした。
　千鶴たち柏木家の姉妹も、とっくに寝床についている。
　だがしかし、初音の一日はこれで終わったわけではない。

　みしっ。
　耕一は客間の障子の向こうの廊下に、人の気配がするのを感じた。
「誰かいるのか」
『次郎衛門さま……』
「その声は……初音ちゃん？　じゃない、リネットか！」
『お久しぶりです……リネットにございます。次郎衛門さま』
　それは初音の姿をした鬼であり、耕一の前世にとってのかつての伴侶であった。
「どうしたんだ、一体今ごろ」
『現世にあなたさまが復活なされたと知って、わたしも目覚めておりました。普段は初音の意識が強くてどうにもなりませんでしたが……』
「だが、おれはかつての次郎衛門じゃない。今生では柏木耕一という名前がある。」
『存じております。あなたさまはもう次郎衛門さまそのものではないことを。わたしと過ごしていたときにもエディフェル姉様のことを強く思いつつけていたことを』
「それじゃあどうして」
『前世夫婦（めおと）として添い遂げながら、それでも愛されてもらえなかったことを私は悔やんでおりました。その思いがわたしを今生に蘇らせたのです』
「……おれにどうしろと」
『せめて今夜一晩だけでも、わたしのことだけを愛してください。それさえ叶わば、わたしの思いも少しは晴れましょう』

　その夜、二人が何をして過ごしたのかは、他人の与り知るところではない。

　翌朝。
「耕一お兄ちゃん、朝だよ！　早く起きないと朝食が冷めちゃうよ！」
「あ、初音ちゃん。ごめん、すぐ起きるよ！」
　こうして、初音の一日はまた始まるのだった。