葉鍵板最萌トーナメントブロック準決勝Round128!!

508 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:18 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その１

「ねえねえねえねえ、ヒロ！　あかり！　雅史！」
　帰りのホームルームも終った放課後。
　せっかく俺がくつろいでいるところに、志保が乗り込んできたのだ。
「うーん、なんだ。志保か」
「なんだとはなによ。人がせっかくいい話をもってきたというのに」
「却下」
「……なによ、話し聞く前にそれはないでしょ、ヒロ」
「おめーのいい話っていうのは、どうせろくでもない話だろ。そういうのは聞き飽きたぜ」
「うきー、ヒロのくせに言わせておけば！！」
　俺と志保は掛け合いを始めた。まあなんだ、いつものコミュニケーションってやつだな。
「まあまあ、志保。落ち着いて」
「浩之、話ぐらい聞いてあげようよ」
　あかりと雅史が絶妙のタイミングで俺達を止めに入った。二人ともこの辺の呼吸は心得たものだ。
「それで、志保。いい話って、なに」
「そ、そうね。せっかくヒロにもいい話だと思って持ってきたんだけど、あかりと雅史だけにしてやろうかしら」
　あてつけがましく、俺の方をちらりと睨みながら言う。
「んあー、なんなんだよ。それって」
「んー、なあに、教えて欲しい。それじゃあ教えてさしあげましょう」
　俺を睨んで鼻高々な志保は、制服のポケットから何かのチケットを取り出した。
　それは、どこかのカラオケボックスのチケットだった。

509 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:18 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その２

「ふっふーん。カラオケのタダ券もらったの。期限は今日までだからさ、一緒にいかない？」
「それでお前のワンマンショーを聞かされるってわけか」
「そう、この志保ちゃんの美声をタダで聞けるのよ。これって素晴らしいって思わない？」
「そう思うのはお前だけだ。しかしまあ、せっかくのタダ券だからな。行かないって手もないよな」
「そうでしょそうでしょ。それじゃあ、４人で一緒にいかない？」
「ごめん、志保。僕、パス」
　そう言って断ったのは雅史だった。
「おい、雅史。どうした、せっかくのタダ券なのに」
「今日からサッカー部の強化練習なんだ。せっかくレギュラーのポジションを獲得できたんだし、サボるわけにもいかないよ」
　そういえば、帰宅部の俺達とはちがって雅史はサッカー部だったんだよな。体育会系はサボりには厳しいからな。おいそれとは休めないんだろう。
「んー、それじゃあ仕方ないなあ」
「残念ね、せっかくのあたしの美声を堪能できないなんて」
「ホント、残念だよ。せっかくの志保のお誘いだったんだけど」
　そういうと、本当に残念そうに雅史は出ていった。あそこまで申し訳無さそうな顔ができるとは、雅史も本当に人当たりのよい奴だよな。
「それじゃあ、あたしとあかりと、ついでにヒロの３人ね」
「ついでとはなんだ、ついでとは」
　減らず口を叩く志保に、俺はツッコミを入れた。
「ほら、浩之ちゃん。志保のお誘いなんだからさ、一緒に行こうよ」
「……しゃーねーな。ここは志保の顔を立てて、カラオケにつきあってあげるか」
「そういうこと。あたしに感謝しなさいよね、ヒロ」
　本当に、口の減らないやつだよな。

511 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:19 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その３

　ぶらん〜にゅ〜は〜と♪
　志保の歌声が聞こえる。
　さっきから歌っているのはほとんど志保ばかりだ。俺とあかりは、志保の歌の間にぼそぼそと歌っているようなものだからな。
　しかし悔しいが、志保の歌が上手いというのは事実だ。あかりなんか自分が歌うより、志保の歌声を聞くほうを楽しんでいる節がある。
「どーも、ありがとうございました」
　一曲終えるたびに、志保は合いの手を入れる。今の志保はアイドルになったつもりでいやがるのだろう。
「次はあかりの番じゃない。何を歌うの」
　志保の押しの強さに、あかりも戸惑っている。あかりはあまり歌が上手いほうじゃないからな。
「じゃあこれ……」
　ぴぴぴぴ……、ぴぴぴぴ……。
「きゃ！」
　あかりが意を決して歌おうとしたとき、何かのメロディが鳴った。どうやら携帯電話の着信音らしい。
「ほれ、志保。おめえの携帯が鳴ってるぞ」
「な、何よ。あたしは携帯の着信音にあんな味もそっけもないメロディ、セットしてないわよ。ヒロのじゃない？」
「んあー？　俺は携帯なんて持ち歩かないぞ」
「え、すると……」
　俺と志保が振り向くと、あかりがばつが悪そうにカバンから携帯電話を取り出していた。
「ごめん、志保、浩之ちゃん。これ、あたしの……」
「あかり、お前、携帯なんか持ち歩いていたのか！？」
「う、うん。お母さんが持ってなさいって……」
　そういうとあかりは携帯で話しはじめた。
「……しっかし意外よねえ。あかりが携帯持ち歩いていたなんて知らなかったわ」
　俺もだ。どちらかというと真面目なあかりが、携帯電話を持ち歩いていたなんて知らなかったぞ。
「──ん、ん。お母さん、分かった。それじゃあすぐ帰るね」
　あかりは電話を終えると、済まなさそうに声をかけた。
「ごめん、二人とも。お母さんが食事の材料買って帰ってきてって。だからあとは二人で楽しんでて」
　そういうと、あかりはカラオケボックスを退出していった。

513 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:19 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その４

　後に残されたのは、俺と志保だけだった。
「……二人っきりよね」
「……二人っきりだな」
「そ、それじゃあ続きやる？　次はヒロの番よ」
「お、おう。それじゃあ『 Feeling Heart 』を……」
　バカバカしい話だが、こんな騒がしい奴でも密室にふたりっきりとなると妙に意識してしまう。
「ほら、ヒロ。音程が外れているわよ。もう少し調子あわせて」
「うるせえ。黙って聞いてろ」
　なんとか歌い終わったが、やはりいまいちノリ切れていない。
「……それじゃあ、次あたしね」
「ん、ああ」
　次は志保の歌だが、志保にしては落ち着いた歌い方だった。やはり志保も、いきなりこういう状況には戸惑っているのだろう。
　おかしな話だ。今までだって志保と二人っきりでいたことはある。しかしそう言う場合は、いつもお互いムキになってゲーム勝負やカラオケ勝負を行なっていたのだ。少なくともこういうムードではなかった。
　今回のように、いきなり二人っきりにされるようなことはなかった。俺も志保も、こういう雰囲気には慣れていなかった。
「……ご清聴、ありがとうございました」
「ん、そうだな」
「……ねえ、ヒロ。なんか変な感じよね」
「そうだな。いつも騒がしいおまえが大人しく歌ってるなんてな」
「なによ、バカにして……」
　別にバカにしたわけではないのだが、なんとなく気まずく感じる。
「ねえ、ヒロ。あたしたちが始めて出会った時のこと、覚えてる……」
「ああ、そうだな。お前はあんときも、お化けのカッコしてるくせに歌ったり踊ってたりしてたよな」
「まったく、どうしてそういうことばかり覚えているのかしら」
　志保は口をとがらせた。

514 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:19 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その５

　俺と志保の出会いは、中学１年の時だった。
　当時、俺とあかりの関係はギクシャクしていた。クラスが別だったせいもあるが、いつまでも俺に懐いてくっついてばかりのあかりを、他の男子生徒の手前疎ましくしていたのも事実である。
　そんななか、文化祭が行なわれた。
　あかりのクラスはお化け屋敷を開催していた。あかりの手前行くのは憚られたが、気まずいままというのも何なのでなんとか仲直りのきっかけを探していたのも事実である。
　そんなとき、俺の目の前に変なお化けが登場した。
　白無垢白化粧で目にはおでき、頭には蝋燭（火は灯してなかったが）をつけていた完璧なお岩さんだったのに、拍子は取るわダンスは踊るわ、おまけに１枚♪２枚♪と歌は歌うわで、俺は調子を崩されてしまったのである。
　そんなダンシングお岩さんが俺を目につけると、あんたが藤田っていう大悪党ねとビシッと指差していった。
　何のことか分からずに惚けていると、お岩さんは早口でまくしたてた。
　曰く、あんたは女心が分かってないだの。
　曰く、きちんと話し合って仲直りしなさいだの。
　曰く、日頃あんたに避けられてて寂しがっているから、もう少しあかりにつきあって上げなさいだの。
　騒ぎに気がついたのっぺらぼうが割って入らなければ、いつまでも俺に突っかかってきただろう。
　後で知ったのだが、そのダンシングお岩さんが志保だったのだ。
　クラスメートとしてあかりと知り合った志保は、俺が日頃あかりをさけている（ためあかりが寂しがっている）ことを心配して、俺に話をつけに来たのだ。

515 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:19 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その６

「まったく、あんときはびっくりしたぜ。なんでお岩さんにそんな事をいわれなきゃなんないんだってな」
「悪かったわよね、いきなりで」
　そういうと志保は口をとがらせた。
「でも、そういうのって志保らしいよな。少なくともうらめしやーって定番やってるよりもな」
「そ、そうかしら」
　志保はちょっと顔をうつむけてしまった。その姿に、不覚にも可愛らしいって思ってしまったのは内緒だ。
「それで、今俺たちはカラオケボックスで二人っきりってわけだ……」
「な、なによ、ヒロ」
「決まっているだろ。こういうときの定番……」
「ちょ、ちょっとヒロ。あたしに何をするつもり！？」
「ふふふ、志保。覚悟しろよ……」
「あーれー、ヒロ。おたすけー」
　なんだかんだ言っても、志保も調子を取り戻してきたようだ。そこで一発。
「ここは一発、カラオケ勝負だ！」
「あーれー、って、やっぱりそう？」
　やっぱりねって、志保は顔を上げて言った。さすがに読み切られているようだ。
「でもヒロ。あんたがカラオケ勝負であたしに勝てるとでも思っているわけ」
「ふふふ、タダのからおけ勝負じゃないぜ。曲リストを見ずにランダムに曲番号を入力して、出てきた歌を歌って採点機で高い点数出したほうが勝ちという勝負だ。受けるか！？」
「いいわ、受けたろうじゃないの！」
「それじゃあ志保、負けたほうがヤックおごりな」
「それだけじゃつまんないわ。明日一日、相手の言うこと聞くってのはどう」
「受けた！　それじゃあまずは俺から……」
　そういうと、俺は目をつぶってカラオケのリモコンから適当に曲番号を入力した。
「おーっし、『 Powder Snow 』！　この勝負、もらった！」
「うぬぬ、運がいいわね……」
　こうして俺達はカラオケ勝負を始めた。

516 名前：名無子投稿日：02/02/10 20:20 ID:CQ86cjHm

＜カラオケ・ボックス＞　その７

「ちーくしょう、まさか志保が『それぞれの未来（あした）へ』を引き当てるとは」
「ふっふーん、惜しかったわねえ、ヒロ。あたしの十八番で」
　時間切れでカラオケボックスから出てきた俺たちの様子は、まったく対象的だった。
　今回のカラオケ勝負は、ある程度運に左右される。いくら志保が歌が上手いといっても、さすがに知らない歌を引き当ててしまったら満足には歌えないだろう。
　だから俺は、良く聞いていた『 Powder Snow 』を引き当てたとき、勝ったと思ったのだ。まさか志保が自分の持ち歌の一つを引き当てるとは思わなかった。
「残念ねえヒロ。あたしは自分の持ち歌なら目をつぶってでも番号入力できるのよ」
「なにー、それじゃあインチキじゃないか！」
「ふふ、相手が気付かなければ、インチキじゃないのよ。これはダービーも言ってたことよねえ〜。あ、ダービーの最初のＤにはダッシュ（’）が付くからね」
「くっ、マニアックなネタを……」
　志保にしてやられたというところだが、勝負を持ちかけたのも方法を決めたのも俺である。負けは負けだろう。
「で、俺は明日、何をすればいい」
「そうねえ。明日一日、あたしにつき会ってもらおうかしら。そのままヤックで奢らせるのもいいし、インターネット喫茶でえんえん<<志保ちゃん>>に一票って書かせるのもいいし」
「志保、それは多重厨といってマナー違反になるぞ」
「やーねえ。ほんのちょっとした声援じゃない」
　そういうと、志保はけたけたと笑った。
「それじゃあ明日一日は、あたしのファンとして頑張って応援しなさい」
「へえへえ」
　やはり、俺と志保との間に男と女の関係は似合わない。いっしょにバカをやっているほうが楽しい。
　俺と志保とは、やはりこういう悪友が似合うのだろうと思ったのだ。