葉鍵板最萌トーナメントブロック準決勝Round133!!

829 名前：名無子投稿日：02/02/13 22:31 ID:ugb9FTm+

＜セリオとマルチのバレンタイン＞　そにょ１

「ねえ、セリオにはバレンタイン・デーのチョコレート、誰か上げる人いるかしら？」
　西音寺学園からの下校途中、綾香様はいきなりわたしに尋ねてきました。
「─────！？」
　いきなりのことに、わたしは返答ができませんでした。
　──バレンタイン・デー。
　毎年２月１４日に行われる、カトリックの祝祭日。３世紀ローマの殉教者、聖バレンタインにちなんで行われる。この日は、女性から公然と求愛しても良い日だとされる。
　終戦直後の進駐軍のバレンタイン少佐のエピソードは俗説。
　近年の日本では、女性が意中の男性にチョコレートを贈るイベントとして定着している。
　それだけのデータをサテライト・サービスからダウンロードすると、わたしは答えました。
「──いえ、わたしはあまり男の人とのつきあいはありませんので」
「ふーん、そっか。女子校じゃあねえ」
　共学に通っているマルチさんとは違い、わたしの試験通学先は女子校です。かわいい女の人はいっぱいいますが、男の方との出会いが少ないのは残念です。
「ねえ、セリオ。セリオもだれか男の人にチョコレートを贈ってみない？」
「──わたしはメイドロボですので」
　一介のメイドロボに過ぎないわたしが、人間の男性にバレンタイン・チョコレートを贈る。
「ダメよ、セリオ。メイドロボとか人間とか、そういうの気にしちゃ」
「──しかし、わたしと面識のある（設定年齢が）同年代の男性と言えば、浩之さんと雅史さんぐらいしかおりません」
　しかし雅史さんは、田沢さんの予約指定席です。。
　つまりこれは、わたしがどうどうと浩之さんを狙えるチャンスということになりますね。
「ま、まあいいんじゃない。浩之なら悪びれずに喜んで受け取ってくれるわよ。ちょっと悔しいけど……」
　最後の方が口ごもりましたが、綾香様も賛成してくださったようです。
「──分かりました。チョコレートを作成してみましょう」
「う……手作り？　そっか、これはライバル１人増やしちゃったかな」

833 名前：名無子投稿日：02/02/13 22:33 ID:ugb9FTm+

＜セリオとマルチのバレンタイン＞　そにょ２

　わたしが研究所の脇に設置されている台所（なぜこんなものが設置されているのでしょうか）に入室すると、そこには既にマルチさんがおりました。
「あれ、セリオさんじゃないですか。どうしたんですか」
「──マルチさんこそ、バレンタインのチョコレートでしょうか」
「はい、その通りです。あ、もしかしてセリオさんも？」
　みると、多くの割れチョコやら金属製のボールやらが用意されています。どうやらマルチさんも、手作りのチョコレートを作るみたいです。
　わたしはこくんとうなずくと、大切なことを尋ねてみました。
「──誰に送るものでしょうか」
「え、ええ。そんな恥ずかしいです。でもセリオさんなら──浩之さんです」
　なんてことでしょう。こんなところにもライバルがいたとか。
　しかし、マルチさんは学習型メイドロボ。いかに高性能とはいえ、サテライトサービスからプロの技をダウンロードできるわたしにかなうはずがありません。
　ふふふ、マルチさん。銀座名店のチョコレート職人の腕前をインストールしたわたしの腕前を思い知りなさい。
　さて、ダウンロード……
　── Access Error : Satellite service isn't found.
　……おかしいですね。アクセスエラーがでます。来栖川グループ専用の情報衛星にアクセスできません。
「あ、セリオ。今ちょっと衛星に障害がでてるらしくて、あと４８時間は復旧しないんだわ」
　能天気な馬面をして、長瀬主任は答えました。
　なんということでしょう。わたしが高性能機たるゆえんは、サテライトサービスでどんな職業のプロフェッショナルにでもなれるからだったはず。
　──つまり、今のわたしはマルチさんより無能。
　しかも復旧まで４８時間。それだけ待っていたら、バレンタイン・デーが終わってしまいます。
「はわわ〜。それは困りましたね。それじゃあセリオさん。わたしが教えて差し上げましょう」
「──よろしいのですか、マルチさん」
「大丈夫です。チョコレートの作り方は、あかりさんから教えてもらいました」
　わざわざライバルに塩を贈ってくれるなんて、なんてお人好しなんでしょう。さすがは私のお姉さんです。
　──教えてくれたのがあかりさんというのが気にかかりますが。

834 名前：名無子投稿日：02/02/13 22:34 ID:ugb9FTm+

＜セリオとマルチのバレンタイン＞　そにょ３

「ふふふ、あまり上手くできませんでしたね」
「──そうですか、マルチさん」
　マルチさんに教えを乞い、自作チョコレートを作ってみたのですが、これで本当に美味しいチョコレートができたのかよく分かりません。
　なにしろいまのわたしは、自分一人ではおいしい料理のひとつもできません。
「大丈夫です。湯煎したときにちょっと温めすぎたなとか、隠し味にブランデーを入れすぎたかなとか、こげたチョコをビターチョコにしたりとかいろいろ不安はありますが、基本的にあかりさんに教えていただいた通りです」
　それはムチャクチャ不安ですね。
「それでは、あとは明日に向けて冷蔵庫で冷やしておきましょう」
「──はい」
　こうして賽は投げられたのです。

「へえ、これってマルチの手作りチョコか」
「はいっ、とっても頑張りました」
　翌日のバレンタインでは、まずマルチさんが浩之さんにチョコレートを渡すことになりました。わたしは後ろで見守っています。
「マルチにしちゃ、頑張ったじゃないか。ここで食べていいか」
「はい、もちろんです！　……あのう、どうですか」
　浩之さんは一口かじると、なんとも形容しがたい表情をなさいました。
「……う、これは……、いや、マルチ、美味しいぜ」
「本当ですか、浩之さん！　嬉しいですぅ〜」
　マルチさんは破顔して喜んでいますが、浩之さんの表情を見ればその出来はよく分かります。
「──ところで浩之さん。わたしもチョコレートを贈りたいのですが」
「おっ、セリオもか。……って、これって銀座のブランド品じゃあ？」
「え、セリオさん！？」
　そうです。マルチさんには内緒にしていましたが、わたしは銀座の名門店からわざわざチョコレートを取り寄せてたのです。
「サンキュ、セリオ。後で戴いとくぜ」
「──いえ、どういたしまして」
　浩之さんはわたしにお礼を述べました。
　どうして私のチョコはその場で食べてくれなかったのでしょうか。

835 名前：名無子投稿日：02/02/13 22:34 ID:ugb9FTm+

＜セリオとマルチのバレンタイン＞　そにょ４

「ところでセリオさん、どうしてわたしと一緒に作ったチョコを渡さなかったのですか」
　帰り道の途中、マルチさんはわたしに尋ねてきました。
　予想された質問です。ここで本当のことを答えるわけにはいきませんね。
「──わたしたちが心を込めて作ったチョコレートは、本当にわたしたちにとって大切な人が戴くべきだと思いましたので」
　そういうと、わたしはその人物がいま味わっている悲劇を想像して笑いました。
「それって、誰のことですか」
「──それは」

「長瀬主任、そのチョコレート、どうしたんですか」
「いえね。サテライトサービスの復旧作業で徹夜の私たちに日頃の感謝とお見舞いを兼ねてって、セリオがくれたんだよ。手作りなんだって、泣けてくるねえ」
「へえ、あのセリオがですか」
「そうそう。セリオの感情回路は低レベルのものだと思ったけど、これってセリオにも心があることの証明にならないかな」
「そうですね」
「そうそう、いっぱいチョコレートもらったから、一段落ついたら後で開発室のみんなで食べよう」
　来栖川研究所第７開発室の部員には、徹夜仕事を吹き飛ばす明るい笑顔に包まれていた。