葉鍵板最萌トーナメント!! 準々決勝 Round159!!

697 名前：名無子投稿日：02/03/01 22:42 ID:Wdy0uOs3

＜メイドロボの望み＞　その１

「セリオ……今までお勤め、ご苦労様」
「──いえ、わたしは綾香様に仕えることができて、メイドロボとしてこれ以上の幸せはありませんでした」
　第三代来栖川家当主“来栖川綾香”は、長年にわたって仕えてきたメイドロボ“ＨＭＸ−１３　セリオ”と、最後の別れを交わした。
　変わり者で有名な来栖川家当主と、初期型のメイドロボ試験機。
　公式な関係は所有者と道具であったが、彼女たち二人（敢えて二人だと言い切ってしまおう）はお互いの立場や身分を超えての友人だった。
　二人が出会ったのは今から十数年前のこと、まだ綾香が高校生の頃だったという。彼女の母校、西音寺女子学院に試験通学という名目で表われたのが、セリオだった。
　当時から変わり者だった綾香は、自分の会社のメイドロボ試作機に対しても興味を抱いて接した。
　当時の一般認識としてはメイドロボは便利な道具であり使用人であったとされるが、彼女はセリオと友達だと公言してはばからなかった。
　１ヶ月の試験通学期間が終わったとき、彼女は当時の当主であった祖父に頼み込んで、セリオを強引に来栖川家のメイドとして採用させたのである。
　そしてセリオは、すぐに綾香専属のメイドロボとして扱われた。
　メイドロボを友達扱いする来栖川家の令嬢の噂は、すぐに社交界に広まった。ただでさえエクストリームの女王という異色の肩書きを持っていた綾香の変わり者のレッテルが、さらに強化されたのである。
　しかしそれでも綾香は、セリオを捨てることはなかった。
　セリオより優秀で、感情表現に秀でた新型メイドロボが普及したとき、旧式のメイドロボを愛用している綾香は奇特の目で見られていた。
　そんなにメイドロボが好きなら、どうして最新型の機種に乗り換えないのか。性能が優秀で感情表現に秀でた“人間らしい”機種も発売されてるし、今までに蓄積したデータとの互換性も保証されているではないか。
　そういわれるたびに、綾香は怒気をはらんで答えた。
「セリオはセリオよ。他の誰でもないわ。あたしはメイドロボが好きなんじゃなくて、セリオだから好きなのよ」
　セリオタイプが旧式と化し、機種の発売中止が決定してからも、綾香はセリオをメンテナンスしながら愛用しつづけていた。

700 名前：名無子投稿日：02/03/01 22:42 ID:Wdy0uOs3

＜メイドロボの望み＞　その２

　やがて綾香は結婚した。
　相手の男性は中流の出身だった。その能力の優秀さから姉の芹香を差し置いて来栖川財閥の後継と目されていた綾香の相手としては反発も予想されたが、綾香は強引に押し切ってしまった。
　その男性もまた綾香に負けず劣らず優秀であり、その実力でもって納得させたのは事実だったが、しかし本当の理由は、その男性がメイドロボを道具扱いしないからというのがまことしなやかに流れた。
　いずれにしても、綾香とセリオの関係は極めて良好であったと思われる。
　だがいくらメンテナンスを重ねて使いつづけていても、所詮は耐久消費財。いつか耐用期限が過ぎてしまうこともある。
　先代の当主が入退院を繰り返し、綾香が若くして当主代理となった頃には、セリオの挙動がおかしくなった。
　まず歩行時のバランサーがいかれはじめ、歩き方がぎこちなくなった。
　やがてあちこちにガタがきたことが、綾香の目にも明らかとなった。
　綾香の夫は新しいボディを用意してセリオの記憶データを移植することを主張したが、セリオは頑として譲らなかった。
「──わたしの頭脳ＣＰＵはもう生産されていません。わたしと全く同じ形のボディを用意して記憶のみ移植しても、それはもはやわたしの記憶と姿を持った全く別個のメイドロボなのです」
　セリオのそのセリフを聞いた綾香は、もはやセリオに新しいボディを用意することができなくなってしまった。
　新型のメイドロボにデータのみ移してもそれはセリオではない。それは常々新型機を勧められていた綾香がよく口にしていた断り文句だったからだ。
　そして綾香が正式に来栖川家の当主となった頃には、セリオはその耐用年数が過ぎていた。
　セリオの強い要望で、これ以上の無理な稼動は止めにすることになった。人に役に立つことが役割のメイドロボにとって、ただ起動するためだけに起動させられるのは辛いことだったからだ。

702 名前：名無子投稿日：02/03/01 22:42 ID:Wdy0uOs3

＜メイドロボの望み＞　その３

「ねえ、セリオ。最後に一つ聞いていいかしら」
「──なんでしょう、綾香様」
「セリオは今まで、何も言わずにわたしののわがままにつきあってきたわよね」
「──メイドロボとして当然のことです」
「ねえ、セリオにはなにかかなえて欲しい望みはないの」
「──それは」
「どんなわがままでも言って良いのよ。あたしたち、友達でしょう」
　綾香はセリオにそう問いかけた。それは二人が、最後の最後まで友達だったあかしなのだろう。
「──もし、わたしの望みが叶うとすれば、わたしも人間になりたかった」
「セリオ……」
「──そしてあなたと、本当に対等の友人として物事に向き合いたかった」
　そういうとセリオの眼窩から、潤滑油が流れてきた。
「──綾香さま。わたしはメイドロボですから、魂というものはありません。でも、もし魂があるのなら、わたしもまた人間に生まれ変われるのでしょうか」
「生まれ変われるわよ。今、セリオは涙を流している。これって心があるってことでしょ？　魂だってあるに決まってるわよ！」
「──ありがとうございます、あ、や、か、さま……」
　セリオは最後の言葉を言い切れずに活動を停止したといわれる。
　綾香の強い希望で、内々であるが来栖川家でセリオの葬式が行なわれたという。
　そして数年後、綾香夫妻に待望の女子が生まれた。
　その少女には『芹緒』と名付けられ、末長く綾香夫妻に可愛がられたという。