葉鍵板最萌トーナメント!! 決勝 Round173!!

881 名前：名無子投稿日：02/03/09 19:01 ID:irO7RMkE

＜目覚め＞　その１

　あの日、千鶴さんは死んだわけじゃなかった。
　千鶴さんに連れられて深夜の水門に連れられた時。俺の親父への憎しみが、誤解だと分かった時。柏木家の血の秘密と、親父の死の真相を千鶴さんに告げられた時。
　千鶴さんは、本物の鬼に致命の一撃を負わされたのだ。
　水門に落ちた俺が鬼の力に覚醒しなかったら、俺は本物の鬼を倒すこともできずにあのまま湖の中で死んでいただろう。
　しかし千鶴さんは間に合わなかった。鬼に致命の一撃を食らった千鶴さんは、俺の腕の中で息を引き取ってしまったのだ。
　俺は呆然とした。俺が鬼の血の宿命を知らなかったばかりに、みすみす千鶴さんを死なせてしまった。千鶴さんの亡骸をかかえたまま俺は呆然と座り込んでいた。
　夜があけて朝を迎えても、俺の心は闇に包まれたままだった。

　朝が来て辺りが明るくなった頃、俺はやっと千鶴さんを抱きかかえて柏木家に戻った。
　柏木家では朝の早い梓たちが、俺達の姿が見えないことに不審をいだいて待ち構えていた。
　梓は血まみれの俺と千鶴さんの姿を見て、努髪天を衝くように驚いた。
　何事が会ったのか問い詰める梓に、俺は簡潔に事実だけを伝えた。
　初音ちゃんは、動かない千鶴さんを見て目に涙を浮かべていた。
　そんな中、一人だけ冷静な楓ちゃんが千鶴さんの亡骸に触っていた。
　そして言った。
「耕一さん……千鶴姉さんはまだ生きています。今ならまだ生き返ります」
　俺は最初、楓ちゃんはタチの悪い冗談を言っているだろうと思った。
　アレはどう見ても致命の一撃だし、千鶴さんが息を引き取るのも感じていた。俺は千鶴さんの身体が冷たくなっていくのを肌で感じていたのだ。
　しかし楓ちゃんが言うには、鬼の力に目覚めた者の生命力はすさまじいものだという。鬼が宿すエルクゥ──鬼の力の正体らしい──さえ無事なら、息を吹き返すことさえ可能だという。
　そして千鶴さんのエルクゥは、まだ決定的に失われていないというのだ。

882 名前：名無子投稿日：02/03/09 19:02 ID:irO7RMkE

＜目覚め＞　その２

「冗談じゃ……ないよな、楓ちゃん。千鶴さんは本当に生き返るんだよな」
　楓ちゃんは返事の代わりに、こくんと頷いた。
「でもよお、楓。そのエルクゥとかいうやつの話し、あたしは聞いたことがないぜ。どうやって生き返らせるんだよ」
「それは……初音の力が必要……」
「え、あたしの……！？」
　楓に言われて、初音は驚いた。梓も驚いたようだ。
「おい、楓。どういうことだよ。初音はまだ鬼の力に目覚めていないんだぜ」
「……肉体を離れたエルクゥは、近くにあるレザムに回収される。……ここから一番近いレザムはヨーク。……そしてその場所は、初音だけが知っている……」
「えっ？　えっ？　そんなレザムとかヨークとか言われても、あたし分かんないよー！？」
　楓の言葉に、初音ちゃんは戸惑っていた。
「おい、さっきからレザムとかヨークとか、訳の分からないこと言うなよ。もっと分かりやすく言えよ」
　梓も切れてきたみたいだ。
「大丈夫。賢治叔父様から戴いたお守りがあるでしょう、初音。それに祈ってごらんなさい」
　楓に言われて何かの牙みたいなお守りを取り出した初音ちゃんがそれに祈ると、お守りはぼうっと光り出してくるくると回り、ある一点を差した。
「そのお守りがヨークの場所を示してくれる。レザムにエルクゥが完全に回収される前に、千鶴姉さんのエルクゥを取り戻せばあるいは……」
「よし、さっそく千鶴さんを生き返らせに行こう！」
　千鶴さんが生き返る。
　楓ちゃんによってもたらされた希望に元気を取り戻した俺は、そのまま勢い込んで千鶴さんの身体を抱きかかえたまま、外に飛び出した。

884 名前：名無子投稿日：02/03/09 19:02 ID:irO7RMkE

＜目覚め＞　その３

　お守りの指し示す方向に導かれるまま、俺達は裏山の洞窟の前にやってきた。
「この洞窟が、ヨークへの入り口か」
　楓ちゃんは、黙って頷いた。
「変だよお、楓お姉ちゃん。こんなところに洞窟なんて、無かったはず……。それになんだか不気味だし……」
「何だっていいだろ。これで千鶴姉が生き返るんなら！」
　勢い込んで洞窟に入り込もうとする俺達に、しかし楓は断りの言葉を入れた。
「ヨークには危険と、千鶴姉さんが亡くなるよりも辛くて悲しい真実が隠されている……。覚悟ができなければ入らないほうがいい」
「千鶴さんのいない世界になんて興味が無い。俺は構わないぜ」
「あ、あたしもだぜ。千鶴姉が生き返るかどうかって時に、そんなこと言ってられるかよ」
　覚悟を問う楓の問いに、俺と梓は間髪入れずに答えた。
　しかし楓は、初音ちゃんに向かっていう。
「初音はどう？」
「え……あたし！？」
「おい、初音ちゃんにまで辛い思いはさせたくない。ここで待ってもらうわけにはいかないのか」
　初音ちゃんを庇う俺の言葉に、しかし楓ちゃんは首をふった。
「ヨークの力を借りるには、わたしでも梓姉さんでもなく、初音の力が必要なの。初音が危険に耐えて力を目覚めさせる覚悟がなければ、入っても仕方がない……」
「あ、あたしも入る。千鶴お姉ちゃんが生き返るのなら、こんな洞窟、平気だもん！！」
　千鶴お姉ちゃんを生き返らせたい。
　その思いが、初音ちゃんの決意を促したのだ。

886 名前：名無子投稿日：02/03/09 19:02 ID:irO7RMkE

＜目覚め＞　その４

　ヨークの中で待ち受けていたのは、俺達を呪う鬼の亡者の群れだった。
　俺達をジローエモンとかエディフェルとか呼ぶ鬼の亡者は、恨みの言葉を俺達の心を送り付けてきたのだ。
　鬼の力に目覚めた俺と、楓ちゃんや梓が鬼の亡者から初音ちゃんを守りながら奥に進んでいくと、ヨークの中心部らしきところについた。
　そこで俺は、ダリエリと名乗る鬼──エルクゥ──に出会ったのだ。
　そこで俺達は悲しい真実を思い出した。
　雨月山の鬼退治伝説で知らされる次郎衛門と鬼の娘との悲恋物語。それが伝説でもなんでもなく事実だったことに。
　そしてその後の、楓ちゃんですら知らなかったエルクゥ一族の全滅の真相の後日談。
『ヨークの力を借りて、リズエルを甦らせようとするか。エディフェルよ』
　そこにいたのは、鬼の首領ダリエリのエルクゥだった。
『エルクゥのみとなった我らに力はない。リズエルを甦らせなければ、今生こそはジローエモンと添い遂げられように、エディフェルよ』
「耕一さんには千鶴姉さんが必要です。耕一さんが望むかぎり、わたしは千鶴姉さんを生き返らせたい」
　楓ちゃんはダリエリの言葉に一歩の引かなかった。
『今生でも姉に男と引き裂かれることを望むか、エディフェルよ。それもよかろう』
　ダリエリのエルクゥはあざ笑うかのように答えた。
『この五百年間、我らは母なるレザムに呼びかけた。しかし救援は未だ来らず、ヨークの力も尽きようとしている。ヨークのレザムももうすぐ消滅する。その前にヨークの巫女リネットが祈れば、リズエルも蘇ろう』
　ダリエリは最後に俺に向かって言った。
『さらばだ、ジローエモン。わが生涯の宿敵よ。レザムが消滅し人に生まれ変わるのも悪くはない。来世こそは決着をつけようぞ』
「勝手な事言うな。俺は柏木耕一だ」

887 名前：名無子投稿日：02/03/09 19:03 ID:irO7RMkE

＜目覚め＞　その５

　初音ちゃんがヨークに祈ると、千鶴さんの身体に血の気が戻ってきた。
　慌てて梓が心臓に耳を付けると、かすかに心音がするという。
「は、ははは。千鶴姉の心臓がとっくんとっくん言ってる。千鶴姉が生き返ったんだよ」
「梓お姉ちゃん、ヨークがもう力尽きるって言ってる。早く集まって」
　あわてて初音ちゃんの周りにみんなが集まると、そのままヨークが崩れ出して。
　──そして俺達は、裏山の洞窟の入り口があった場所にいた。
　初音ちゃんがヨークにお願いして、俺達をテレポートしてくれたという。
　帰りの道すがら、千鶴さんを背負って歩く俺に梓が声をかけてきた。
「よお、耕一……その、あたし……なんて言ったらいいか……」
「なんだよ、梓。へんにしおらしくて気持ち悪いぞ」
「そんなんじゃなくてさあ。あの、前世のこと……」
　ああ、なんだ。そういうことか。
「前世、あんたの恋人だった楓を殺したのって、千鶴姉だったんだろ。それなのに……」
「ダリエリにも言っただろ。前世だのジローエモンだのは関係ない。俺は柏木耕一だって」
　そして俺は、後ろを歩く楓ちゃんの姿を見た。
　楓ちゃんの胸中はうかがい知れないが、それでも何事も無かったかのように歩いている姿が見えた。
　そしてその隣を歩く初音ちゃんの姿も。
　その姿を見ると心が痛んだが、それでも俺は答えたのだ。
「俺は千鶴さんがいいんだ」
「……そっか。そうだよな。くやしいけどさ」
　そう言いながら、梓は前に駆け出していった。
「じゃあ、先かえって待ってるからな。みんな、朝ご飯まだだろ！　もう昼だけど先に作って待ってるからなー！」
　まったく、梓も勝手な奴だと苦笑いしながら、俺は背中にあたる千鶴さんのぬくもりを感じていた。
　後は千鶴さんが目覚めれば、これで元の生活に戻れるのだ。
　さあ、千鶴さん。早く目覚めて──