葉鍵板最萌トーナメント!! 決勝 Round176!!

62 名前：名無子投稿日：02/03/09 22:55 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その１

　前回までのお話し＞R173-881-882,884,886-887
（http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1015666572/881-887）


「それでは皆さん。今日一日のお勤め、ご苦労様でした。私はこれで失礼します」
「お疲れ様でした。柏木会長」
「お疲れさまでした」
　職場で務めている職員のみんなに声を掛ける。
　みんなも挨拶を返す。こういう毎日の挨拶は、俺が鶴来屋の会長に就いて以来、欠かさずに続けていたことだ。
「ふふふ、耕一くん。会長職も板についてきたようだね」
「そんな、俺なんてまだまだですよ。足立さん。今日は無理言って早く退出するわけですし」
「上のものが必要以上に仕事熱心だと、下の連中は早く帰れなくなるぞ」
「ははは。でも俺なんてまだまだですよ。足立さんが支えてくれなければ……」
「いやいや。会長職なんていわば御輿みたいなものだ。ただそこにいるだけで下のものが付いてくる。そういう雰囲気はなかなか備わるものじゃない。君のお祖父さまやお父さまもそういうタイプの経営者だった」
「爺さんや親父も、ですか」
「そうそう。だから気を楽にしてどっしりと構えていなさい」
　足立さんの破顔した笑顔が、俺をあたたかく包み込んでくる。
　最初は不安ばかりだった会長職を、なんとか俺が熟していけるのも社長を務めている足立さんのおかげだった。
「それに、今日は奥さんのお見舞いに行くんだろ。早く行ってあげたほうがいい」
「そうですね。行かないと俺の奥さん、拗ねてしまうかもしれませんし」
「奥さんか……本当にそうなるといいね」
　やれやれ、足立さんには本当に頭が上がらない。
　そう、俺はこれから千鶴さんのお見舞いに行くのだ。

73 名前：名無子投稿日：02/03/09 22:55 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その２

　あれから４年がたった。
　あの時、初音ちゃんとヨークの力のおかげで、鬼の致命の一撃をうけた千鶴さんは奇跡的に息を吹き返した。
　だが、それだけだった。
　息は吹き返したものの、そのままえんえんと昏睡状態に陥ったのだ。
　最初はただ気を失っているだけかと思ったが、１日たち３日たち１週間たっても目覚めない千鶴さんに、俺達は苛立ったのだ。
　姉妹の仲で一番感応能力に優れている楓が見ても、千鶴さんは心を閉ざしているらしいとしか分からなかった。
　何が原因で目覚めないのか分からないのだ。
　仕方なく、俺達は鶴来屋の息のかかっている病院に千鶴さんを入院させた。
　ここの医者は鶴来屋と柏木家に縁があり、俺たちの秘密もある程度承知したうえで治療をみてくれているのだ。
　そして千鶴さんが目覚めぬまま、俺は大学を卒業し、足立さんに請われて俺は鶴来屋の会長職に就いたのだ。

「千鶴さん、元気だった」
　俺は未だに目の覚めぬ千鶴さんに声をかけた。
「今日は遅れてごめん。会長職の仕事も忙しくてね。千鶴さんはこんな仕事を毎日続けてたんだって、いまになってその苦労がよく分かったよ」
　当然です。わたしだって遊びで会長職をやってたわけじゃありませんから。
　そんな千鶴さんのふくれツラが見える気がした。
「──はは、千鶴さんは寝ててもやはり千鶴さんだね」
　なんですか、それは。
「──あれから４年が過ぎたよ。梓たちがよくお見舞いに来てくれてるそうだから千鶴さんは寂しくないかもしれないけど」
　そう言いながら俺は……
「でも俺は寂しいよ、千鶴さん。もう俺、千鶴さんの年を追い越しちゃったよ。早く起きてくれないと、俺。お爺ちゃんになっちゃうよ」
　我ながらみっともないと思いながらも、俺は泣き出してしまった。

100 名前：名無子投稿日：02/03/09 22:56 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その３

　こんこん。
　廊下から千鶴さんの個室に、ノックが鳴った。
　そこに入ってきたのは、楓ちゃんと初音ちゃんだった。
「楓ちゃん。それに初音ちゃんも？　どうしたの、こんな時間に」
「耕一お兄ちゃん。あのね──」
「──耕一さん。賢治叔父様に導かれてきました」
　そういいながら初音ちゃんが取り出したのは、あの次郎衛門の鬼の牙だった。
　親父が初音ちゃんに形見として残してくれたものであり……そして４年前、千鶴さんの命を救った品物だった。
「この鬼の牙がどうしたって？」
「鬼の牙がこの病院を──いえ、千鶴お姉さんを指していたのです。何か私たちに告げたがっているように」
「そんな……どういう」
　そういいながら俺は、その鬼の牙に触れた。
　途端に湧き出るビジョン───
　──光
　──真っ赤な夕陽
　──エディフェルと出会う次郎衛門
　──命と魂を共有した俺達は、激しく恋に落ちる
　なぜだ、なぜこんなものを俺に見せる！
　そんな俺の呟きに構わずに、目まぐるしく光景が映り変わる。
　──リズエルに襲われるエディフェル
　──姉の手に掛かることを望んだエディフェル
　──エディフェルを手の中に失い悲しみで狂気に揺れる次郎衛門
　──実の妹に手をかけて呆然としながらその光景を眺めているリズエル
　その時俺は悟った。
　あの時、あの光景を見ていたのは俺たちだけではなかったのだと。

110 名前：名無子投稿日：02/03/09 22:56 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その４

「千鶴さん、千鶴さん。聞こえますか、千鶴さん！！」
　鬼の牙を握り締めながら、俺は千鶴さんに精一杯呼びかけた。
「あなたはもうリズエルじゃない！　楓ちゃんもエディフェルじゃない。もう千鶴さんが苦しむ必要なんてないんだ！」
「お兄ちゃん、耕一お兄ちゃん。一体どうしたの！？」
「耕一さん……」
　興奮して千鶴さんを揺さぶる俺を、初音ちゃんがせいいっぱい体を張ってとめた。
「楓ちゃん、初音ちゃん。千鶴さんが目を覚まさない理由が分かった。千鶴さんはリズエルの呪縛に囚われているんだ！」
「千鶴お姉ちゃんが？」
「ああ、だからその呪縛から解放されない限り、千鶴さんは目を覚まさない。くそう、一体どうしたらいいんだ」
　ことが精神的な問題だけに、こればかりは俺ではどうしようもない。
　そう思ったら、楓ちゃんが発言した。
「わたしがなんとかします」
「楓ちゃん！？」
「わたしの精神感応能力を使えば、千鶴姉さんの精神になんとか短時間だけ潜り込めます。そこで千鶴姉さんを説得できれば」
「分かった。頼む、楓ちゃん」
　楓ちゃんはこくんとうなづき、俺に手を繋ぐよう言った。
　そして楓ちゃんが精神を集中して千鶴さんの手を握ると。
　──俺の精神は、奈落の底に落ちた。

123 名前：名無しさんだよもん投稿日：02/03/09 22:56 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その５

　そこは山小屋だった。
　俺は次郎衛門であり、側にいる伴侶はエディフェルだった。
　俺達は魂を揺さぶるような激しい恋をして、そしてエディフェルは鬼を裏切り俺と駆け落ちした。
　だが、そんなエディフェルを一人にして狩りに出かけた時、悲劇は起こったのだ。
『これは……次郎衛門！？　するとここはあの時か！？』
　いけない。はやく戻らないとエディフェルが。
　そう思って駆け戻った時、そこにはエディフェルの命を狙うリズエルが居た。
『エディフェル。一族の掟に従い、お前を抹殺する』
『千鶴姉さん。早く正気に戻って！？　耕一さんも待っている』
『チヅル！？　コーイチ！？　何のことだ。わたしは誇り高きエルクゥ四皇女が長女、リズエルなるぞ』
　二人の鬼の娘が言い争う言葉が聞こえた。
　これは、エディフェル──いいや、楓ちゃんが千鶴さんの正気を戻そうとしているのだろう。
　いけない、このままだと──
　千鶴さんはまた愛するものを殺してしまう。
　かつて俺を殺そうとした時の用に。
　俺はジャンプすると──これも鬼の力か──リズエルの腕を掴んで取り戻した。
『お前は、ジローエモン！？　離せ、我が妹をかどわかした怨敵めが』
『千鶴さん、もういい。もういいんだ。これは夢なんだ』
　そういうと、あばれるリズエル──千鶴さんを押さえつけて、俺は口づけをした。
『な、何をするんだ──』
『もういいんだ。これは夢なんだ』
　そういうと、過去の隆山の景色は消えた。
『俺は次郎衛門じゃないし、楓ちゃんもエディフェルじゃない。
　そういうと、俺も楓ちゃんも現世の姿に戻った。
『そして千鶴さんも、リズエルじゃない』
　リズエルの姿が千鶴さんの姿に変わった。

139 名前：名無しさんだよもん投稿日：02/03/09 22:57 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その６

『だからもういいんだ。千鶴さん、俺達の世界に戻ろう』
　だが、千鶴さんは涙を流しながら答えた。
『耕一さん……だめ、私戻れない』
『どうして！？』
『わたし、わかったの。五百年前は楓を殺し、そして今生ではまた、耕一さんを人違いから殺そうとした。わたしはいつも、愛するものを自分の手で殺してしまう』
『それは違うわ、千鶴姉さん』
　楓が割り込んで言った。
『リズエルも千鶴姉さんも、一族の掟を守ろうとしただけ。あたしは怨んでなんかいない』
『でも……』
　なおもぐずる千鶴さんに、俺は伝えた。
『千鶴さん、法律上は、俺達もう夫婦なんだ』
『え……』
『寝ている間に申し訳ないと思ったけど、籍を入れさせてもらった。勝手な事してごめん』
『本当に勝手です。耕一さん。ウエディングドレス着たかったのに……』
　千鶴さんは意外な俺の言葉に、ぷんとふくれてしまった。
　そうそう、その笑顔が見たかったんだ。
『俺には千鶴さんが必要なんだ。鶴来屋の会長職もなんとか熟しているし、鬼の血も制御できている。千鶴さんが苦しむ必要なんてないんだ』
『……』
『それとも千鶴さんは、こうして迎えに来ただんな様を無視して閉じこもるの？　それは寂しいなあ』
『そ、そんなことありません！　わたしもいっしょに過ごしたいです』
　そういって千鶴さんはうっかり答えた。
『わかった。じゃあ今度は現実であろう。約束だよ』
『あ……』

160 名前：名無しさんだよもん投稿日：02/03/09 22:57 ID:CIfj5uZz

＜目覚め・続章＞　その７

「千鶴お姉ちゃん、どうだった」
　現実世界に戻ってきた俺達に、初音ちゃんが声をかけた。
「もう大丈夫だ。千鶴さんは戻ってくる」
「そう、千鶴姉さんは戻ってくる」
　俺達は千鶴さんの精神世界での出来事を話した。
「そっかー、千鶴お姉ちゃん、戻ってくるんだ」
　そのとき、ううーんと千鶴さんの寝言が聞こえてきた。
　ぴくぴくとまぶたが動いている。
　千鶴さんが目を覚ましたら、俺達はこう答えるんだ。

　──おはよう、千鶴さん