マッチメーカー　ＳＳ



タツヤストーリー　第３部


第１８話　されど戦いの日々　　　　　（第５０回大会／第４回トーナメント）
第１９話第１編　戦士の休日　　　　　（第５３回大会／第５回トーナメント）
第１９話第２編　捨てたい記憶　　　　（第５３回大会／第５回トーナメント）
第１９話第３編　殺したい男　　　　　（第５３回大会／第５回トーナメント）
第２０話　ザ・ドーラー　　　　　　　（第５４回大会）
第２１話第１編　ワキ家へ行こう（１）（第５５回大会／第６回トーナメント）
第２１話第２編　ワキ家へ行こう（２）（第５５回大会／第６回トーナメント）
第２１話第３編　ワキ家へ行こう（３）（第５５回大会／第６回トーナメント）
第２１話第４編　鎮魂歌が聞える（１）（第５５回大会／第６回トーナメント）
第２１話第５編　鎮魂歌が聞える（２）（第５５回大会／第６回トーナメント）
特別番外編その４　コンバット・アーミー
第２２話第１編　栄光の落日（１）　　（第５６回大会）
第２２話第２編　栄光の落日（２）　　（第５６回大会）
第２２話第３編　栄光の落日（３）　　（第５６回大会）
第２２話第４編　栄光の落日（４）　　（第５６回大会）
第２２話第５編　栄光の落日（５）　　（第５６回大会）

第１８話　されど戦いの日々　（第５０回大会／第４回トーナメント）

 　第４回トーナメント大会が開催されている。
　そこに、引退を噂されていたタツヤとその乗機、“トライアンファル・ソング”の姿が見えていた。
　トライアンファル・ソングとは、「凱歌」の意味である。タツヤは第４９回大会で、僅差とはいえついに念願の賞金王になることができたのだ。
　本来なら、タツヤはこれでパイロットをやめるつもりであった。タツヤはあれから一度、実家に帰ったのである。引退の噂が流れたのも、あながちデマではない。
　だから、タツヤが『チーム３１』のもとに戻ってきたときには、チームメイトは驚いたものである。それだけならまだしも、開口一番に言った言葉が、「次の大会のアーマーナイトは整備できてますか」では、開いた口がふさがらないであろう。
　しかし、タツヤと共に帰っていった妹のアイの姿は見えなかった。実家に残ったのである。
　そのかわり、１人の女性を連れてきていた。彼女はアインという。タツヤの幼なじみといってはいるが、おそらくは恋人だろう。タツヤにはもったいないぐらい奇麗な娘だ。
　そのアインも、大会についてきている。これからは、間近で見守るのだ。
　タツヤの戦いが、再び始まろうとしている。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　第４回トーナメントは、機体価値の上限が３０００Ｃｒ．であり、しかも白兵戦武器使用禁止大会であった。
　いくら『チーム３１』が所持金最高チームだからといって、これではそのメリットはない。所持金３０００Ｃｒ．以上のチームは数多くあるのだし、上限３０００Ｃｒ．では、一発逆転もありえるのだ。
　しかも、主催者側は、機体価値３０００Ｃｒ．近いチームをひとまとめにしてトーナメント表を組んだ様子があった。それほどまでに、機体価値の高いチームがまとまっていた組み合わせだったのだ。
　タツヤの一回戦の相手は、『ゼロサプレス』のあや。タツヤを姉のかたきと狙うまだ１４歳の少女であった。

　試合開始直後、あやの乗機“イノセント”が、ターボを使ってきた。
　イノセントの装備は、ソニックブレイドだけである。ブレイドと名前がついてはいるが、刀身から衝撃波を放つれっきとした射撃武装だ。ターボで一撃必殺を狙ってきたのだ。
　トライアンファル・ソングはそれを楯でかばった。こちらの装備はもともと長期戦を目的としている。防御にはかなり自信があった。
　しかし、ソニックブレイドの衝撃はその楯ごと貫いて、トライアンファル・ソングの右腕をもぎとってしまった。
　しかもバランスを崩し、トライアンファル・ソングは転倒してしまった。
　衝撃が機体を走る！
　トライアンファル・ソングの機体内で、タツヤは衝撃に頭を強く打ってしまった。意識が朦朧とする。
　本来、アーマーナイトのパイロットは、機体内での極度の加速や横Ｇに耐えるため、そのヘルメットは肩まで固定するタイプを使用するのが普通だ。今回もタツヤはそれをしていた。
　しかし、そのヘルメット越しにすら強い衝撃が加わったのだ。
　再び意識がはっきりしたとき、タツヤは自分の負けを認識した。
　試合開始後わずか１分、反撃の機会すらなかった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「大丈夫なの、タツヤ。頭を強く打ったみたいだけど」
　控え室に戻ったタツヤは、即席のベッドに寝かしつけられていた。
　「大丈夫だ。今までだってこの程度のことはよくあったし……」
　「大丈夫じゃないの！　ムチャしないでゆっくり治しなさい！」
　無理に起きようとしたタツヤを、アインは強引に押さえこんだのだ。
　これだからタツヤをほっとけなかったのよと思いながら、アインはタツヤのけがの具合を見ていた。

後書き

初出：'92/12/23 Niftyserve FCGAMEP MES(15) #147


第１９話第１編　戦士の休日　（第５３回大会／第５回トーナメント）

 　「別にたいしたことないって、おおげさだったんだよ」
　タツヤはみんなの前でそう言って笑って見せた。
　ここが病院でなくて、周りにいる人達が見舞いに来ているのでなければ、あるいはみんなもそうだなといって笑ったのかもしれない。
　しかし残念なことに、入院しているのは確かにタツヤであり、見舞いに来ているのは『チーム３１』のチームメイト、すなわち、サカキやゴロー、シーマといった面々であった。
　「むりするな。頭のケガだけに後に残るとやっかいだぞ」
　と、これはサカキ。
　「だから、ただの検査入院だってば。心配するほどじゃないって。それより次の大会、機体の整備たのむよ」
　つまりは、そういうことである。
　第５０回大会（第４回トーナメント）で、タツヤは第１回戦を一撃でやられるという失態を演じたのである。対戦相手はタツヤを姉の敵と狙う『ゼロサプレス』のあや。しかもこの戦いで、タツヤのアーマーナイトはバランスを崩しあおむけに倒れてしまった。
　当然、中にいるタツヤが無事でいられるはずがない。
　タツヤは、頭を強く打ってしまったのである。
　その時の痛みがなかなかひかなかったため、タツヤは病院で検査入院することとなったのだ。
　もちろん、その間に行なわれた大会（第５１回と第５２回）は、参加を見送らざるをえなかった。
　退院後に参加することとなる第５３回大会（第５回トーナメント大会）にむけてタツヤが張り切っているのも、また無理のないことなのである。
　そのとき、席をはずしていたアインが戻ってきた。

　アインは入院しているタツヤの面倒をみるために、ここにいるのだ。もっとも、ただの検査入院で身体を動かせないのではないのだし、看護婦だっているわけだから、それほどタツヤの世話する必要があるわけではない。
　「さて、わたしたちはそろそろ帰るとするか」
　アインが戻ってきたのを見計らったかのように、サカキたち見舞客は去っていった。二人っきりになるのを邪魔するほど野暮ではない。
　「アインちゃ〜〜ん！　また来るからね〜〜〜」
　中には野暮な男もいたようだ。ゴローは、アインのような奇麗な女の人がタツヤの恋人と知って、タツヤにしつこく絡んだものだ。目を付けていたタツヤの妹のアイが実家に帰ってしまったまま戻らないので、その分の八つ当たりもあるかもしれない。
　もっとも目を付けていたからといって、ゴローがアイを落とせたとは限らないのだが……
　サカキたちが帰っていった後、タツヤとアインの二人が残された。
　「あと２，３日で退院できるって、先生言ってたわ」
　アインが話し掛けた。すこし間をおいてから、こう続ける。
　「ねぇ、こんな目にあってまで、本当にもう家へは戻らないの……」
　「……あぁ、もうオレにはここしか残されていないからな」
　タツヤが答える。アインの目が曇りがちになる。
　「別に君のせいじゃないよ。オレが自分自信で選んだ道だからな」
　ベッドに横たわったまま天井を見上げて、タツヤはつぶやいた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　その男に気がついたのは、シーマだけだった。
　もっとも他の連中が気がついても、さして意味があるわけではない。むしろシーマだけが気がついたことが大切なのだ。
　用事があるからとごまかして、病院の門を出たところでサカキたちと別れると、シーマはそのままくるりと方向を変えて、男の方に向かった。
　「タツヤの見舞いですか、オーナー」
　シーマは、男の背後からいきなり声を掛けた。
　男はぴくりと足を止めた。
　「……何か用かね、シーマ君」
　「どうしてタツヤはまだパイロットなのですか。タツヤは、第４９回大会で辞めるはずだったではありませんか。それにこれ以上彼を雇っても、貴方には何のメリットもないはず」
　マッチメーカーの参加費用には、大変な額が大会側からファイトマネーという形で支払われる。しかし、それだけでメカニックチームを維持できるわけがない。整備士を雇うための給料や設備の維持費など、オーナーにかかる負担は並み大抵ではない。
　この男にとっては、タツヤをパイロットとして雇うメリットは、アインを側においておきたいと言うところにあった。しかし、そのアインは既にタツヤの元に帰ってしまっている。
　男にとって、すでに当初の目的は無くなってしまっているのである。
　もっともこの事を知ってるのは、『チーム３１』のメンバーの中にはいない。当事者のタツヤでさえもだ。
　その男と接する機会の多かったシーマと、バトルライターのジカートを除いての話だが。
　「メリットがなくなったわけではないぞ。タツヤはパイロットとしてはまだまだ売れる存在だ。彼を雇っている限り、私の知名度も上がる」
　男はそう答えると振り返った。
　「それにこれはタツヤ自身が望んだことでもある。アーマーナイトのパイロットでありつづけるのはな」
　そういうと、男はついさっきまで来た方向とは反対の方向に向かって歩きだした。
　「見舞いにはいかないんですか」
　「気が変った。今回は止めることにする」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　『チーム３１』の整備工場には、既に修理の完了し、破壊された痕跡のなくなったアーマーナイト“トライアンファル・ソング”が、出番を待ちかまえていた。

後書き

初出：'93/01/07 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #029


第１９話第２編　捨てたい記憶　（第５３回大会／第５回トーナメント）

 　タツヤが退院した時には、トーナメント大会は既に翌日に迫っていた。
　チームの面々が迎えに来ている。
　「どうもご心配おかけしました」
　タツヤは深々と頭を下げた。アインが付き添っている。
　「まだ気分がすぐれないようだな。次の大会も、見合わせたほうがいいんじゃないか」
　「いえ、出場します」
　サカキの言葉に、タツヤは即答した。２回続けて大会をキャンセルしたばかりである。
　すでにチームは大会出場の手続きを取っているはずである。明日の開催に向けて、今は万全と言えない体調を整えなくてはならない。
　だからタツヤは、シーマの方に向きなおって言った。
　「シーマさん。シミュレーションの方、お願いします」
　深々と頭をさげた。アインもそれにならう。
　シーマは、一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐ表情を取り繕って答えた。
　「分かったわ。さっそく頑張りましょう」
　その表情の変化に、タツヤは気付かなかった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　今大会での武装の方針は、楯で全身を覆い、グレードソードで相手を破壊する事である。特殊規定で射撃武装が禁止されたためである。
　しかし、機体上限が３０００Ｃｒ．であるため、反応性能が少々犠牲になったのが弱点であろう。
　シミュレーションを通じて、タツヤはだいぶ戦いのカンを取り戻してきたようである。今は調子にのっているようだ。
　シーマはそんなタツヤを横目で見ながら、タツヤを見守っているアインに声をかけた。タツヤには聞けないことを聞くためである。
　「シーマさん、何か……」
　「単刀直入に聞くわ。タツヤ君、どうして帰ってきたの？」
　アインは、一瞬なにいわれたか分からないと言った顔をした。
　「タツヤ君は、もうパイロットを辞めるんじゃなかったのかしら。貴方があの男の側にいるのをやめたように」
　この人は、私とオーナーとの約束を知っていたのかと気付いて、アインは驚いた。『チーム３１』のメンバーは、男と面識を持たない人を採用することになっていたはずである。
　しかし、シーマだけは違った。彼女だけは男と接する機会が多いため、口が固く優秀な人材として男が知っていた女性を雇ったのだ。
　それで男は、よくシーマのところに接触していたのだ。
　「なんとなくわかるものよ。女のカン、てやつね」
　シーマとて最初から知っていたわけではない。タツヤは恋人のために戦っているという噂。タツヤが一度実家に帰っていったのと、前秘書が辞めたのがほぼ同時であること。そして、オーナーの前秘書とタツヤの恋人が同じとおもわれること。
　秘書を務めていた頃と現在とでは、別人かと思えるほどアインの雰囲気は異なっている。今の彼女は化粧もほとんどしてないし、服装もカジュアルなものだ。ましてや、オーナーが秘書を連れてやってきたときも、シーマと話をする機会どころか秘書が喋ることも全くなかったのだ。そのためシーマも、最初は同一人物だとは気付かなかった。
　しかし、同じ女性同士である。いつか気付かれないはずがない。
　シーマは、絶対に口外しないからと、アインに約束した。
　「べつにたいした理由はないわ。タツヤは家よりも私を選んでくれた、ただそれだけ……」
　アインは、ぽつりぽつりと理由を話し始めた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　第５回トーナメントが開催されている。すでに試合は始まり、タツヤの試合もおこなわれている。
　今回アインは、観客席に座っていた。秘書時代に男と見物していたＶＩＰ席の方が断然見易いし、設備も整っている。しかし、アインはタツヤの取ってくれた指定席で見られることが、何よりもうれしかった。
　タツヤの第１回戦の相手は、主催者の雇ったチームだった。チーム数を６４チームにそろえるための頭あわせである。
　少しブランクがあったにもかかわらず、タツヤの動きは滑らかなものだった。観客が興奮している。
　試合を見ながら、アインはタツヤと実家に帰った時の事を思い出していた。
　故郷の人たちの歓迎ぶりは熱烈なものだった。故郷に錦を飾って帰ってきたのだから当然である。そしてそれは、タツヤの父親も同じだった。
　なにしろ、生きて帰ってはこないと思っていたタツヤが帰ってきたのだ。もうこんどこそこんな危険なことはさせないともいったのだ。そしてそれは、アインの気持ちともおなじであった。
　もし、あんなことがなければ、タツヤはそのまま家に残っただろう。そして……
　そのとき、歓声が沸いた。
　タツヤの乗機“トライアンファル・ソング”が、対戦相手の胴体を、グレートソードで破壊したのだ。
　アインは、胸をほっと撫で降ろした。
　しかし、昨日のシーマの言葉が思い浮ぶ。
　『タツヤは、貴方が身体をはらずとも、パイロットになっていたはずだわ。あなたのしたことは、単なるおせっかいでしょうね』

後書き

初出：'93/01/11 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #099


第１９話第３編　殺したい男　（第５３回大会／第５回トーナメント）

 　タツヤが１回戦を勝ち抜いたのを見て、喜んだ少女がここにもいた。『ゼロサプレス』に所属するあやである。既に２回戦進出を決めており、タツヤと戦うことになっている。
　あやを姉のみかと比較してみたならば、同じ顔をした双子にも関らず、その雰囲気や表情の違いにまず驚かされるであろう。快活だったみかと比べ、あやの方はかなり思い詰めた暗い表情をしている。
　ある意味ではそれも当然である。今となっては正確な理由は分からないが、みかがマッチメーカーに参加していたのは、少なくとも仇討ちなどのためではなかったはずだ。
　そして彼女は、今大会も再びその姉の敵と戦うことになるのだ。
　不満があるとすれば、それは２回戦も外部脱出装置が１００％作動するため、相手を殺すことが出来ないことであろう。
　「みててね、姉さん。今度こそ」
　みかはタツヤと、今まで２戦して２勝をあげている。タツヤにしてみれば相性が悪い相手なのだが、あやにとってはまだまだ不満である。いずれも今一歩のところで勝敗が先に決まってしまい、相手に（金銭的）ダメージを充分に与えることができなかったのだ。
　「今度こそタツヤを、叩きのめすわ！」
　そう気合を込めて叫ぶと、あやはコクピットに乗り込んだ。
　今の彼女にとっては、仇討ちこそが全てなのである。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　コクピットに乗り込むタツヤを見送りながら、アインは声をかけた。
　「元気ないわね〜、頑張って！」
　「あぁ……」
　叱咤激励する。
　タツヤとあやの因縁については、アインも知らない話ではない。第一タツヤは、自分より年下の女の子がマッチメーカーに出場して、命を賭けた戦いに出場することにすごい抵抗を感じているのだ。
　男女平等・同権の徹底しているこの時代に、なに古臭い感覚してるんだといわれるかもしれない。しかし、幼い頃からアーマーナイトに憧れていたタツヤにとって、マッチメーカーとは強くてたくましい男たちのロマンの場所だったのだ。
　そんなタツヤを見越してか、アインは気合を入れさせているのだ。
　「ほら、気合入れて！　もうここにしかいられないんでしょ！」
　「あ、ああ。言ってくる！」
　タツヤが声を上げると同時に、ハッチが降りた。
　その時、側頭部に痛みが走った！　前トーナメント大会の時に、強く打った箇所である。
　痛みはすぐに治まったが、タツヤの背筋に悪寒が走った。
　そのときが、実は丁度あやが叫びながら乗り込んでいたところだったのは、単なる偶然ではなかったかもしれない。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　試合は終始あやが押しぎみだった。
　あやの乗機“イノセント”は、別になにか特別な装備をしていたわけではなかった。それどころか、何も装備してなかったのである！
　その代わりに、機体価値は全てフレームとエンジンに回していたのだ。標準的な中型機のフレームに、それに見合ったエンジンを採用することで、異常に高い反応性能を獲得していたのだ。
　その高機動力で接敵し、パンチとキックでダメージを与えてきたのだ。
　武装を張り巡らせたトライアンファル・ソングには、それに対応できるほどの機動力は持ち合わせていない。
　そして素手の破壊力は、機体が大型になればなるほど威力と破壊力を増していくのだ。
　それは、あやの捨て身ともいえる戦法だった。
　タツヤは、カイトシールドでシールドアタックを仕掛けるが、シールドの破壊力は中型機を短期間で破壊するほど充分なものではなかった。
　あやの攻撃が頭に響いてくるようだ。
　そして試合開始７分後、イノセントの左キックが、ウィングバインダーごとトライアンファル・ソングの右腕を破壊したため、勝負はそこでついてしまったのだ。
　しかし、あやにとってはまだ不満の残る結果である。相手の右腕しかダメージを与えられなかったからだ。
　またもやタツヤに、負け逃げ（？）されてしまった。
　タツヤを殺す機会に、なかなか恵まれないあやであった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　スクリーンに映る試合模様を観戦しながら、シーマは考えていた。
　ここは『チーム３１』の情報分析室である。シーマは画面に映しだされる映像からできるだけ早く正確に情報を解析していくのが、彼女の仕事だ。
　その手がふと止まった。
　画面の中では、タツヤの負けが確定しているようだ。
　シーマの脳裏には、先日のアインとの会話がよみがえっていた。
　タツヤは、家よりもアインの方を選んだという。それは、タツヤの実家である話がもちあがったのが原因だったらしい。
　アインには言わなかったが、シーマにはその話になにか疑問を感じずにはいられなかった。
　特に理由はない。やはり女のカンというものであろう。
　これは調べてみる価値がありそうね。
　シーマは、心ならずもそうつぶやいていた。

後書き

初出：'93/01/13 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #123


第２０話　ザ・ドーラー　（第５４回大会）

 　第５４回大会が行なわれる会場に、一台の高級車が到着した。この時代にはクラッシックとされている、黒塗りのロールスロイスである。
　「お嬢様、こちらでございます」
　運転手がドアを開けると、清楚・可憐という言葉が似合う１人の少女が降り立った。長い黒髪が良く似合っている。
　シックなブレザーコートにスカートを着こなしているため大人びてみえるが、実際には１６〜１７歳と言ったところだろう。
　その少女は、人ごみで混雑している観客用の入場門ではなく、関係者以外立居入り禁止の入口から、迎えに来た大会係員に連れられて入っていった。

　彼女がＶＩＰ席についたときには、既に大会は始まっていた。
　「あら、もう大会は始まっているのですね」
　「はい、お嬢様。途中道路が混雑致しましたのは、誠に申し訳ありません」
　彼の責任でもないのに、さっきの運転手が謝っている。
　しかし、彼女にとって、それはどうでもいいことである。彼女は、無差別級のある一試合を見に来たのだから。
　備え付けられているモニターに映しだされるパイロットのデーターを見ていた彼女に、運転手が話し掛けた。
　「お嬢様、重ねて聞くようですが、そんなにあの男が気になりますか。お嬢様に、あれほどの屈辱を与えた相手ではありませんか」
　彼女は、一瞬押し黙った。
　「タカシロさん、ここでは、その話はなしにしてくださいませんか。私は試合を見に来ているのですから」
　「は、お嬢様！　申し訳ありません」
　タカシロと呼ばれた男は、直立したまま謝った。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　タツヤの戦う試合は、無差別級第７試合である。
　対戦相手は、あの左京である。若干相手の方が強い組み合わせなのだが、タツヤにとっては２戦して２勝をあげた相性のいい相手である。前評判では、ほぼ五分五分であった。
　控え室でその時を待っているタツヤは、終始うつむいていた。試合を前に緊張しているのだろうか。だが、そんなタツヤをよそに、チームメイトたちは盛り上がっていた。
　「俺はあのＥＬＬＥって選手がいいね。あの高飛車な態度がたまらん！」
　「捨てぜりふもいいぜ。『あんたなんか嫌いよ』だってさ。まるで子供……」
　「そうかー、その対戦相手の霧道……って娘の方がまだいいとおもうぞ」
　「え？　あぁ、お前は昔っからロリコン趣味だったからなー」
　「誰がロリコンだ、誰が！　１８歳は十分大人だ！」
　「みなさん、静かにしてください。タツヤが緊張しているんですから」
　アインが止めにはいった。だが、彼女は『チーム３１』のバイタリティーをよく知らない。
　「あ、アインちゃんはどのパイロットがいいと思う？」
　「もちろん男性パイロットだよネー。強くてかっこいいっていうと……」
　「やっぱりかんたかな？　今回の相手の左京選手も捨てがたいけど……」
　「……！」
　「……！！！」
　「うるさーい！　静かにしてくれ！」
　突然タツヤが声をあげた。周りが一瞬静まり返る。
　「オレはこれから試合なんだ。もう少し落ち着かせてくれ」
　そのタツヤの言い分はもっともである。が、静まり返ったのは、タツヤが滅多に大声をあげて文句をいうことがなかったからである。それは、普段文句をいっても静まり返らないからではあるが。
　「なに言ってんだよ、タツヤ。あんなかわいい恋人がいるからってすましてるんじゃねえよ」
　「お前だって相手選手に惹かれたことがあったじゃねぇか」
　案の定、周りはタツヤをも巻き込んで騒ぎ始めた。

　「さっきはらしくなかったわね」
　いよいよ出番が近づき、コクピットに乗り込むタツヤに対し、アインが声をかけた。
　「ごめん、さっきは気が立ってた」
　タツヤは、声をあげたことを気にかけてたようだ。らしくもなく妙にいらついている。しかしその妙な感じも、コクピットのハッチを閉めた途端に忘れてていた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　タツヤの乗機“プレリュード”が西ゲートから入場し、東ゲートから左京の乗機“ＭＮＰ５／７”が入場してくると、会場は異様な熱気に包まれた。
　その熱気は、サイレンが鳴ったときに最高潮に達した。みんなこの因縁の対決を期待して待っていたのだ。
　プレリュードは一気に勝負を決めようと突っ込んできた！　いきなり肩に装備したラスティハリケーンをぶっぱなしてきたのだ！
　ＭＮＰ５／７はその無理のある攻撃を余裕でかわした。もっとも、例え命中したとしても、一撃程度なら楯で防ぎきることができる。すぐさま二撃目を構えるプレリュードを見ながら、コクピット内で左京は考えていた。
　あの少年は勝負を急いでいる。
　タツヤは、昔は無謀と呼ばれるほどメチャクチャな戦いをしてきた。その頃から戦いを見続けてきていた左京には、一瞬タツヤが昔の戦い方に戻ってしまった錯覚を覚えていた。
　しかし、その時とは戦い方が微妙に違う。なぜかは知らないが、相手は勝負を急いでいる。
　ベテランのパイロットだからこそ、相手の心理も感じとれるのである。
　ならば長引かせてやろう。
　二撃目も余裕で避けた左京は、そう考えていた。
　ＭＮＰ５／７のショックカノンの攻撃を避けたプレリュードは、フレイムランチャーを構えた。しかし、フレイムランチャーは暴発し、弾はあらぬ方向に飛んでいった。
　ばかな！
　思わぬ不良品を掴まされたタツヤは、度突く間もなく相手の次の攻撃に対応しなければならなかった。ショックカノンの避けきれない攻撃に、楯で受け止めようとしたのだ。
　しかし、その時、タツヤの頭部に衝撃が起こった！
　響いたのではない。起こったのだ。
　コンピュータ“アイリーン”が警告を発する。
　『警告、警告。フィンファンネルの動きが十分に発揮できません。相手はサイコジャマーを使用していると推測されます』
　「被害状況は！」
　『フレイムランチャーに被弾、完全に破壊されたもようです』
　「ちくしょう！　お返しだ！」
　プレリュードがソニックブレイドを発射した。その攻撃はＭＮＰ５／７のエッグシェルに６発ほど命中し、これの厚い装甲を貫通させたのだ。
　最軽量級の機体の低い耐久度が災いして、貫通後の威力の弱い攻撃にも耐えきれずにＭＮＰ５／７は右腕をもぎ取られたのだ。

　その後は双方共に決定打がでず、戦いは結局長期化した。
　中盤からはお互いに武装での攻撃手段がなくなり、素手で殴る蹴るの戦いになっていったのだ。
　こうなると耐久度がより低く、楯２枚と片腕を失ったＭＮＰ５／７の方が圧倒的に不利である。
　試合開始後２５分、プレリュードの左パンチがＭＮＰ５／７の胴体を完全に破壊して、勝利を決めた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　アインもまた、試合を見て奇妙に感じていた。
　彼女は、タツヤの試合をデビュー当時から見続けてきたのだ。その彼女にとっても、今回のタツヤの戦い方には奇妙な違和感を感じていた。
　もっともタツヤは場合場合に応じて異なった戦法を取ることがある。パイロット経験がない彼女には細かいことは分からないが、今回も多分そのうちの一つではないだろうか。

　同じ様な疑問を感じていた少女がここにもいた。ＶＩＰ席で試合を観戦している例の少女である。
　「ねぇ、タカシロさん」
　彼女は自分の侍従に声をかけた。
　「はい、お嬢さん」
　「男の人って、死ぬために戦うことができるものかしら」
　ただし彼女の場合は、マッチメーカーの試合を見ることすら今回が初めてである。上に“超”がつくド素人だ。
　「さぁ、私にはわかりません。が、またなぜそんなことを尋ねるのですか」
　「いえ、ただあのアーマーナイトが、なんとなく死にたがってるように見えましたから……」
　単なるあてずっぽうである。

後書き

初出：'93/01/21 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #201


第２１話第１編　ワキ家へ行こう（１）（第５５回大会／第６回トーナメント）

 　第６回トーナメントに向けて、サカキは整備を行なっていた。
　シーマの提出した資料をもとに、大会に向けてできるだけ最高の武装を施していくのである。
　今回のトーナメントでは、機体価値の上限が２５００Ｃｒ．である。回を重ねるごとに機体価値上限が下がっていく。
　トーナメントに優勝すると、コストパフォーマンスの優れた賞品武装を手に入れることができるのだ。価格の割に性能の高いそれは、次のトーナメントでも圧倒的な強さを発揮する。特に最近では、性能のムチャクチャ高い武装が賞品として出されたため、一部のチームが圧倒的な強さを誇るようになってしまった。
　事実、過去５回のトーナメントのうち、同じパイロットが４回まで優勝をさらっていった。
　そのため、性能の見直しが何度も行なわれたぐらいである。
　今回の大会でも、そこが一番の優勝候補であることにはかわりがない。ただ、それをさせまいとよそのチームが対抗してくるであろう。
　ここ『チーム３１』でも、その点は同じである、だろう。
　シーマの残した山のように積まれている資料を、サカキは横目で見やっている。文書には難しい専門用語がたくさん並んでいる。
　こんなもの、どうやって読めと言うんだ。
　むろん彼にも知識はないわけではない。でなければ整備屋なんてできるはずがない。
　ただ、面倒くさくて普段は読まずに済ましているだけである。普段の打ち合わせでは、口頭で解説させていた。
　サカキはため息をついた。
　こんなんなら、シーマまで休暇を認めるんじゃなかった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　電車の座席に座っていたシーマは、流れていく光景をただなんとなく眺めていた。
　トーナメントの前だというのに、彼女は休暇をとっているのだ。
　彼女に限った話ではないが、最近はひっきりなしに大会が開催されているため、チームのメンバーはろくに休暇を取れないでいる。
　この前休みを取ったのは、タツヤが負傷してしばらく休養を必要としているときだった。パイロットの負傷は、他のメンバーには思わぬお土産をもたらしたのである。
　もっとも今回は、強引に休みを取ってきたのだ。もちろん次の大会のために、整備の参考になる情報をまとめた資料は既に提出している。
　とっくの昔に整備を済ませて、きっと今頃は試合に待ち望んでいるだろう。
　シーマが向かっているところは、マッチメーカー会場のあるメガロポリスから１時間半ほどの郊外をさらに外れたところにある、景勝地としても有名な地域である。
　ただし、人口が１００万人前後の都市を、郊外と言えたらの話だが。
　そこに向かいながら、シーマはあの男の事について考えていた。
　男はかつてこう言ってた。
　『チーム３１』はタツヤのためのチームだ。もしタツヤがいなくなるようなことになったら、存在する価値がない。
　だが、以前一度タツヤが実家に帰っていったことがある。その時男は、『チーム３１』の解散を行なわなかった。いや、解散の予定を組んではいたのである。それはタツヤがいなくなってから、１０日もたつ時期だった。
　実際には、解散する前にタツヤは戻ってきてしまった。それも、アインという恋人までつけて。
　タツヤが戻ってきたのは、彼の個人的な事情である。それは間違いがない。
　だからこそおかしいのである。
　しかし、と、彼女は考えた。どうして私はこんなことが気になるのだろう。私には関係のないことではないか。
　「きっと、私はあの子が気に入っているのね」
　シーマは、ぽつりとつぶやいた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　ここがタツヤの生まれ育った街か。
　駅を降りたシーマは最初そんな感慨をもたらした、わけではない。別に観光に来たわけではないのだから。
　いや、少しはその気持ちはあるかもしれない。今回は仕事ではなく、全く自分の個人的興味で来ているのだ。
　しばらく歩いていると、何やら口論しているのが聞えてきた。
　「おい、ほんとにそっちなのかよ！」
　「ですから、この辺りでワキという家はあとあそこしか……」
　「しかしだな、あっちは街外れで一般住宅街とはまったく方向が違うじゃないか！」
　「オオシマ君！！？」
　声のする方向を見てシーマは驚いた。男が街の人に向かって何か突っかかっているようだ。ゴロー・オオシマというのが彼のフルネームである。
　「あれ、シーマさん。どうしてこんなところに」
　「それは私が聞きたいわね。どうしてっ……て聞くまでもなさそうね」
　飲み込みのはやいシーマは、話してるうちに状況を理解したらしい。
　「アイちゃんに会いに来たみたいね。追っかけもここまで来ると立派だわ。だったらこっちよ」
　「えっ、でもこちらは……」
　シーマが歩きだした方向は、道案内のためゴローに捕まった人が話していた方向と、全く同じであった。
　目的地もよく調べずにやって来た、ゴローであった。

　シーマが向かっていったのは、街外れ近くにある高級住宅街であった。
　並んでいる家々には、全て広い庭がついている。中にはプール付きなんて屋敷もある。
　「おい、ホントにこんなところにタツヤは住んでいたのかよ？」
　ゴローが不信の声をあげる。
　「父親がかなりの資産家らしいわね。ある時期を境に、いきなり大規模な会社を設立しているわ」
　「はぁ……」
　ゴローがため息をつく。アイちゃんに会いにむりに休暇をとってきたのはいいが、それほどの資産家のお嬢さんだったとは思ってもいなかった。
　無理もない。アーマーナイトのパイロットとは、言ってみれば命を賭ける商売である。いつまでも出場していれば、そのうち死んでしまうのは子供にも分かる理屈だ。
　ドーラーは畳、いや、ベッドの上では死ねないのである。
　だから、いくら高額の契約金が保証されているからといって、将来の約束されている資産家の息子が、パイロットになりたがるはずがないのだ。
　そしてタツヤの、いやワキ家の屋敷が見えてきたとき、ゴローはさらに驚かされた。
　それは高級住宅街の中でも、ひとまわりは大きいとハッキリ分かるようなところだったからである。
　「すげー、いったいどれぐらい大金持ちなんだ？」
　「都心部に比べたらそれほどでもないわ。思ったよりは少ないはずよ」
　そんなものこの際関係ない。
　ゴローがあっけにとられていると、後ろから声がかかってきた。
　「あれ〜？　ゴローさんにシーマさんじゃないの。なにしてんのよ、こんなところで？　珍しい組み合わせねッ！」

後書き

初出：'93/01/24 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #242


第２１話第２編　ワキ家へ行こう（２）（第５５回大会／第６回トーナメント）

 　アイが門に取り付けられたインターホンに向かって話をしている。
　「もしもしー。あッ、ただいま〜〜！」
　自分の家に向かって‘もしもし’はないと思うのだが。
　『お嬢様、お帰りなさいませ』
　「あっ、それでね、私の友達も２人ばかし来ているのよ」
　これが仮にもお嬢様といわれる人の話す言葉なのだろうか。
　『少々お待ちください』
　門のところに取り付けられた防犯カメラが（もちろんそれなりのカモフラージュはされていたようだが）、アイの友人であるところのシーマとゴローを映しだしているようだ。
　『ようこそおいで下さいました。どうぞお入りください』
　３人の見ている前で、門が厳かに開きだした。
　「はぁ〜〜〜」
　ゴローはさっきからため息ばかりついている。
　端が見えなくなるほどの広大な敷地というわけではない。都心に居をかまえているわけでもない。しかし、それでもなお相当な資産家だと思わせるのには十分なのである。
　外からは分からなかったが、門から玄関までは、女の足なら歩いて優に５分はかかりそうである。その間に噴水があり、庭には小さめながらプールや、ゴルフ練習用と思われるコースまで備わっている。
　こんなもの一体誰が使用してるのだろうか。
　ゴローは、そんなつまらない考えにとらわれていた。
　玄関をくぐり抜けると、壮年の執事が出迎えに来ていた。
　「お帰りなさいませ、お嬢様。こちらはどなたですかな」
　「紹介するわ。こちら、執事のハガっていうの。ハガさん、こちらは向こうでお世話になったゴローさんとシーマさん」
　手っ取り早く紹介をすませるアイである。
　「あ……、えーっと、ゴロー・オオシマです」
　「シーマ＝ヴェンダー＝ドーセットです」
　アイがフルネームで紹介しなかったのは、単に名前を覚えていなかっただけの話である。
　「オオシマ様にドーセット様でございますか。私は当家の執事を務めますトシキ・ハガと申します。どうぞ、こちらへお通りください」
　ハガに連れられて、２人は応接間に案内された。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「おまたせー。いきなりだから、びっくりしちゃった」
　外出着から普段着に着替えてきたアイが、どたどたとやって来た。
　「何かお飲み物をお持ちしましょうか」
　「あっ、お願いねー。ん、ちょっと待って」
　アイが、ハガを引き止めた。
　「お父様、いつ帰ってくるの」
　「さようでございますな。今日の御予定では、夜中の８時ごろかと……」
　「いつもより早いのね。ありがと」
　ハガが出ていくと、まず最初にゴローがアイに話し掛けた。
　「お父さん、忙しそうだね。なにやってる人なの？」
　違う、そんなこと聞きに来たんじゃないだろ。
　「いろいろ。会社５つも経営しているらしいわ。他にもいくつか顧問で雇われてるらしいし」
　「ふーん、大金持ちだったんだね」
　「どうせ成り上がりよ。たいしたことないわ。ところでどうしてここに来たの？」
　アイが突然話題を変えた。
　「え……　あの……」
　あなたに会いに来たのです、とは言えないゴローであった。
　「休暇をとってこの近くに観光に来たのよ。すぐ近くにタツヤ君の実家があることを思い出してね。ちょっと寄ってみただけなの」
　シーマの方は冷静だった。どうせならこのぐらいの言い訳は用意してほしいものである。
　「へぇー、じゃあ２人して観光旅行なんだ」
　アイの目が笑った。
　「あら、オオシマ君とは駅前でバッタリあっただけなの。彼、あなたに会いに来てたらしいわね」
　ゴローが真っ赤になって慌ててる。本当のことだけにかえって恥ずかしい。
　「あ……ら。じゃあテレビでも見ない。ちょうどお兄ちゃんのトーナメントやってる時間のはずだし……」
　はぐらかすようにアイはテレビをつけた。激しいバトルがモニターに映しだされる。
　「お父様がいると、見られないんだけどね。今日はちょうど仕事でいないし、ラッキーだったわ」
　誰に聞かせるともなしに、アイはつぶやいている。
　いろいろと複雑な事情があるようだ。
　ちょうどハガが飲み物を持ってきてくれた。ブランデーだ。それほど高級な代物ではなかったが、ゴローにとってもシーマにとっても、その方が少しは気が楽である。
　もっとも未成年のアイは、ジンジャーエールを飲んでいる。家の中ではもう少し融通がきいてもよさそうなものだが、その辺のけじめはつけているのだろう。
　これで言葉の方もそれなりのけじめをつけていればいいのだろうが、まぁ、この親しみやすい口調がアイのアイらしいところなのだ。
　テレビを見ながら、シーマは尋ねてきた。
　「そういえば、タツヤ君に見合い話があったって話、本当なの？」
　時間が一瞬止まった。

後書き

初出：'93/01/26 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #256


第２１話第３編　ワキ家へ行こう（３）（第５５回大会／第６回トーナメント）

 　静寂の時間が流れた。
　テレビのアナウンスだけがやかましく鳴り響いている。
　『大変ながらくお待たせいたしました。ただいまより、Ｂブロック１回戦，第７試合を開始致します。赤コーナー、常勝の天才、タツヤ・ワキ……』
　「タツヤが……見合い？」
　ゴローは、一瞬なにいっているのか分からないと言った顔をしていた。が、すぐに納得した表情でしゃべりだした。
　「あぁ、そうか！　な〜るほど。タツヤに恋人なんておかしいなぁとは思ってたけど、そういう事だったのか。うんうん」
　何をどのように納得したのだろうか、こいつは。
　「アインちゃんは、タツヤの見合い相手だったわけね」
　おお、なるほど。そういうふうにも解釈できるか。
　「違うわよ。そんなんじゃないもん！」
　アイは、強く否定している。
　「ゴローさん、アインお姉ちゃんは子供の頃からの幼なじみなのよ。いまさら見合いする必要なんてないわよ。大体シーマさん、だれからそんなデマ聞いてきたの？」
　「あら、わたしは見合い相手がアインさんだなんて言ってないわ」
　確かにそうである。ゴローが勝手にわめいているだけだ。
　「じゃあお兄ちゃんと他の誰かが？　そんなわけないでしょ。第一、お兄ちゃんはまだ１８歳なのよ」
　「確かタツヤ君は言ってたわ。約束を果たすことができたから、恋人、つまりアインさんを迎えに帰るって。こうも言ってたわ。もうこれ以上、彼女に辛い思いはさせたくないってね。そのタツヤ君が、わずか１週間あまりで戻ってきたんだもの、相当なことがあったんじゃないかなと思ったわけよ」
　シーマは、全く動じた様子がない。
　「え……、ええ！？」
　反対にゴローはうろたえまくっている。話についていけないでいるのだ。
　無理もない。彼にとっては、初めて聞く話である。
　「だからアインちゃんに直接聞いてみたの。そしたら案の定、その話が出てきたっていうわけ。まぁ、まさか見合い話が出てくるなんて思ってもみなかったけどね……」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　モニターの向こうの試合会場では試合が終了していた。
　タツヤ操縦する機体“バラード”が、『ＯＺ』に所属する冴木龍次選手の乗機“ヴォルガー改”の右脚を、ソニックブレイドの一撃で破壊したのだ。
　わずか１分足らずの勝負だった。
　その見事な勝利が放映されたにもかかわらず、ここでは、誰もテレビを見ていなかった。
　アイが言う。
　「お姉ちゃんがそう言ったの……？　じゃあ、隠しても無駄みたいね。でもそれが一体どうしたって言うのよ」
　「おかしいと思わない？　家に帰ってからすぐに見合い話なんて。まるでタツヤ君とアインさんの仲を裂こうとしてるんじゃないかってタイミングね」
　「……そうかもしれないわね。お父様、お兄ちゃんがアインお姉ちゃんと付き合うのを快く思ってなかったみたいだし。お兄ちゃんがマッチメーカーにかぶれたのも、お姉ちゃんのせいだって思ってるようだったしね」
　話をまとめてみるとこうなる。
　タツヤが帰ってきてから３日後、父親からいきなり見合いを言い渡されたのだ。
　相手は古くからの旧家に連なる血筋で、いくらワキ家が資産家だからと言って、そうそう望んで手に入るような相手ではなかったらしい。
　ましてやタツヤはこの前までパイロットをやっていたのだ。いくらドーラーとして名を売っていたといっても、上流階級として通用する肩書きではない。
　そんな話が、向こうから飛び込んできたのである。
　「これ以上いい話はないぞって、勝手に話を進めていったのよ。それに、お父様にとってもそう簡単に断れない話だったらしいわ。見合いの日取りもすぐって事になってね。お兄ちゃん、追い詰められたって感じになったわけなの」
　アイによれば、タツヤは見合い当日にまた家出したのだ。その日のうちに、アインを連れて街からいなくなった。
　確かに、彼女のためにマッチメーカーを戦い抜けてきたタツヤにとって、見合い話は迷惑以外の何者でもなかったのだろう。
　あとは想像がついた。ハイスクールも中退したタツヤにとって、手に職はない。残された道は、アーマーナイトのパイロットしかなかったのだ。
　「そんな事情があったのか。最近、タツヤの戦いぶりが変だな〜とは思ってはいたんだけど」
　いまさら、といった感じでゴローがいった。
　「でもアイちゃん、どうして一緒についてこなかったの？」
　「だって、うちはお父様と兄妹２人の３人家族なのよ。お父様は女で楽しむってタイプじゃないし、また私までいなくなったら、今度こそお父様、かわいそうじゃないの！」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　シーマとゴローは、同じ電車で帰ることにした。向かい合わせの座席に座っている。
　ゴローが話し掛けた。
　「アイちゃんがあんな金持ちのお嬢ちゃんだったなんてなぁ」
　「あら、随分あっさりとあきらめるのね。まぁ、無理もないけど」
　シーマがいたずらっぽく笑う。
　「誰があきらめたなんていいました！？　恋に金銭は関係ありませんよ！」
　あったほうがいいに決まっているのだが、そんな無用な突っ込みをするシーマではなかった。
　「ところでおかしいとは思わないかしら？　まるで狙いすましたような見合い話じゃなかったかしら」
　その疑問は、未だに解決されていない。アイに聞いても、あれ以上は知らないといった。
　「偶然でしょ、偶然。それにしてもタツヤめ、とことん羨ましいやつだぜ」
　自分も一度色恋ごとで悩んでみたいと思うゴローであった。

　「旦那様、お帰りなさいませ。今日昼頃、『チーム３１』の関係者が、お嬢様のお友達と言って２名ほどやってまいりましたが」
　主人の帰りに、ハガが出迎えてきていった。
　タツヤの父親は、その話を聞くと一瞬顔をこわばらせた。
　「いえ、お嬢様が自ら紹介なされましたので」
　「それで、そいつらはどうしたのだ」
　「はっ。応接間で、お嬢様と雑談に興じていたようです。あとは……」
　「まぁいい。あとで話を聞くことにしよう」
　そういうと、父親は着替えをすませようとした。
　ふと、書斎の机に立てかけといた写真が目に入った。彼と彼の友人らしいもう一人の男の若い頃の写真だ。２人とも迷彩服をきて肩を組んでいる。
　その写真を手にとると、ハガが声をかけてきた。
　「旦那様。やはり、血は争えないものでございますな」
　父親は、あわてて写真を置いたように見えた。

後書き

初出：'93/01/27 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #292


第２１話第４編　鎮魂歌が聞える（１）（第５５回大会／第６回トーナメント）

 　会場からは歓声が轟いている。
　トーナメント２回戦が開催されているのだ。
　タツヤの試合はＢブロックの第４試合だ。まだ間があるため、控え室で待機している。
　もっとも、ここでは気持ちを落ち着けるなんて、無理な相談かもしれない。
　「いっけー、Ｌ。そんなやつやっつけちまえー」
　「なんの、相手も凄いぞ！　カラオケ・スタート！！」
　「ぐわぁぁぁーーー！　殺人音波だーーー！！！　耳がく・さ・る〜〜〜」
　とにかくうるさいのである。チームメンバーたちは、タツヤがいるにも関らず、テレビ観戦で騒いでいるのだ。
　ゴローが休みを取ってここにいないため、その騒がしさが半減しているのがせめてもの救いである。
　しかし、もう少し選手のことを考えつもりがないだろうか。
　きっとないのだろう。
　「タツヤ、もうそろそろピットの方にいったらどうだ」
　見かねてか、サカキがそう提案した。必死に隠しているが、タツヤがいらだっているのが分かる。
　「まだ早いですよ、チーフ」
　「いいから、気分を落ち着かせてこい」
　確かにその方がいいかもしれない。
　タツヤは、一足早くピットに向かっていった。

　それぞれのピットには、２回戦に出場するアーマーナイトが保管されている。そして、試合に備えて整備をしているメカニックチームや、待機している選手たちの姿がそこかしこに見られるのだ。
　「そらそらー！　もうすぐ試合だぞー！」
　「さっさと整備をすまさんか！」
　あちこちで喧騒が聞えてくる。どのチームも最終調整に余念が無い。
　それは『チーム３１』でも例外ではない。整備班のうち、くじ運の悪かったものが最終調整を行なっているのだ。控え室でだべっているのは、残りの連中だ。
　アナウンスが聞えてきた。
　「ジロウ選手およびかんた選手は、アーマーナイトに乗って速やかに待機してください。繰り返します……」
　Ｂブロック第３試合が行なわれようとしているのだ。
　ちなみに、タツヤの試合はその試合のすぐ後、Ｂブロック第４試合である。
　またタツヤが勝ち進んだ場合、３回戦の相手は先の２人の内の勝者と既に決まっている。
　そしてかんたの相手ジロウは、大会側の雇ったチームであった。優勝候補の筆頭かんたが敗れるとは考えにくかった。
　もっとも、そのジロウの乗機“Ｂ−ＴＹＰＥ”には、自爆装置がついているとの専らの評判である。かんたが勝ち抜いても、大ダメージを被る可能性は十分にある。そうなったら、トーナメントを勝ち抜くことは難しくなるだろう。
　そんなことを考えてるうちに、タツヤは、近くのピットで選手がアーマーナイトに乗り込む姿を見かけた。
　かんただ。
　彼は、ふっとこちらに振り返ると、親指を立てた。ように見えた。
　勝利のサインだ。必ず勝ち上がってくる。
　タツヤはそう思い込んだ。
　そしてかんたは、その親指を逆さに返してみせた。
　オレをも倒してみせるというのか？
　実際には、たまたまこちら側に振り返っただけで、タツヤに対してやっていたわけではなかったかもしれない。大体相手がこちらを気にする理由も必然性もないわけだ。近くにいるメカニックに対してやっているかもしれないというのに。
　しかし、タツヤにしてみれば、無理のない話かもしれない。
　タツヤにとってかんたは、相性の極めて悪い相手なのだ。今まで３戦して３敗をくらっている。しかもその３戦はすべて、トーナメントでというおまけ付きだ。
　また、トーナメントでオレを阻むつもりか？
　タツヤは、内心激高した。４度目は、オレが勝って見せる。
　しかし４度目は来なかったのだ。永遠に……

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　試合会場がわっと盛り上がった。
　試合開始後まだ３分も経ってないというのに、もう決着がついたらしい。
　コクピットに待機して試合中継が見れないタツヤには、観客の歓声だけが会場の様子を伝えてくれる。
　さすがだなと、タツヤは改めて感心した。
　さて、次はオレの番か。
　出番を待っているタツヤに、連絡が入った。戦闘中は外部センサーとつながっているモニターに、サカキの顔が映しだされる。
　「チーフですか。準備は整ってます」
　「ああ、タツヤ。第３試合が終わった」
　「勝ったのは『Ａ．Ｕ．』のかんた選手ですね。聞くまでもないですけど」
　サカキが一瞬口篭った。
　「それがな、タツヤ。勝ったのはダミーのほうだ」
　「ダミー？」
　ダミーとは、参加選手の不足を補うために大会側が雇ったチームの俗称である。ここの大会に古くから参加している、『ＭＡＧＩＣ』に所属する弾選手も、本当はダミーである。
　「それも相手を死亡させるというおまけ付きだ」
　「死亡って……　かんた選手が？　冗談でしょ」
　冗談じゃないというのは、サカキの表情で良く分かる。第一、サカキは無駄な冗談をいう男ではない。
　かんたは、確かに死亡したのだ。『Ａ．Ｕ．』のピットがやけに慌ただしいのが、ここからでも良くわかる。
　かんたが初めて大会に参加したのは、第３８回大会だというのを覚えている。前パイロットが死亡したのを引きついだのだ。オーナーの弟である彼が出場したのは、知らないうちに兄に勝手に出場登録されたからだという無責任な噂が流れていた。
　とにかくパイロットとしてデビューしたかんたの転機は、第４０回大会、すなわち最初のトーナメント大会からだった。３９回大会で（これも兄に勝手に登録されたからだという噂がある）無差別級に出場し、当時あったファイトボーナス制度で多額の所持金を獲得したかんたは、思わぬ伏兵として優勝をさらっていってしまったのだ。
　その後も第４３回大会（第２回トーナメント大会）のとき、武装を剥ぎ取られたまま決勝進出するという逆境にめげず、優勝に輝いた。
　第４５回大会（第３回トーナメント）は準優勝に甘んじたが、このときは所持金が大会規定の機体価値上限に足りなかった。むしろその状態で決勝進出する方を誉めるべきである。
　第５０回大会（第４回トーナメント）、第５３回大会（第５回トーナメント）のときも優勝し、モンスターとして他のチームからは恐れられるようになった。なにしろ所持金だけでも他チームを圧倒的に引き離してしまった上に、超強力な大会賞品をいくつも獲得したのだ。これでは勝てるわけがない。
　そしてかんたは、あの伝説のドーラー、“蒼き死神”キースの２６勝をもしのぐ、３６勝（最高１８連勝）をあげたのだ。トーナメント制が持ち込まれたこともあるとはいえ、今回を除けば敗北はわずか５敗である。
　そのかんたが死んだというのだ。信じられないのも無理はない。
　だが、トーナメントは機体価値上限が決められている。特に最近は機体価値上限も下がってきいる。かんたが敗れるとしたらトーナメントしかないというのも、また定説になりつつあった。
　しかし死んでしまうとは……
　サカキの話をきいて、タツヤはさらに身震いした。
　かんたのアーマーナイト“ムカシ鼻歩き”は、ターボの切れた相手の一撃で胴体をやられたというのだ。
　勝てる、と思って油断したかもしれない。
　一瞬の油断が死につながる。マッチメーカーとはそんなところだ。過去にモンスターと呼ばれた選手たちも、いつかは死んでしまっている。
　だが……
　「勝ち逃げなんて、するなよな」
　タツヤは、彼に勝つことは２度とできなくなってしまった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「第４試合に出場する、タツヤ選手およびニーナ選手は、アーマーナイトに乗って速やかに待機してください……」
　アナウンスが鳴り響く。いよいよタツヤの番なのだ。
　サカキが声をかける。
　「気持ちはわかるが、同情はするな。ヤツは運が悪かった、それだけの話だ」
　冷たいように聞えるが、それは事実だ。次に死ぬのは、タツヤかもしれない。
　「分かってます。心配しないでください」
　タツヤは、頭をさすりながら答えていた。

後書き

初出：'93/02/01 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #374


第２１話第５編　鎮魂歌が聞える（２）（第５５回大会／第６回トーナメント）

 　トーナメント２回戦、Ｂブロック第２試合がいよいよ始まろうとしている。
　タツヤの出場する試合だ。
　会場は静まり返っている。選手たちの入場を待ちわびている事もあるが、先程の試合で選手が１人死亡したこともあるのだ。
　しかしその静寂も、巨体のアーマーナイトの入場で打ち破られた。
　『……スタジアムの西ゲートから“バラード”が、その雄姿を現します……』
　歓声が沸き起こる。その中にはタツヤのことを、人殺しと罵る声も聞えてくる。みかの知り合いだろうか？　それともハレマー教入信者か？　まさか自爆した連中の関係者ではあるまい。
　タツヤは、頭痛が起こってくるのを感じていた。
　向かい側の東ゲートからは、対戦相手ニーナ＝グリソムの乗る機体“アレス弐型”が、その姿をあらわした。なかなかに落ち着いた色調のアーマーナイトだ。
　ニーナは、同じ大会に出場しているドーラーに恋しているという、最近某週刊誌やらスポーツ紙やらを賑わしている女性パイロットだ。いろいろ噂はたっているが、最近これだという相手についての噂が広まってきている。
　いわば、これは公然の秘密というやつだ。
　タツヤもかつては騒動に巻き込まれそうになったことがある。しかもその相手を自ら殺してしまうというおまけ付きでだ。加えて、その妹が仇討ちで参加しているとなれば、これはもうマスコミの餌食にならないほうがおかしい。
　あや対タツヤの試合がある大会のチケットが飛ぶように売れる理由は、そこにあるのだ。
　しかし、タツヤには恋人がいる。アインは、今回も客席から見守っているはずだ。
　彼女がどんな気持ちで見ているのかについては、全然考えていないタツヤではあった……

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　試合開始のサイレンが鳴ると同時に、両機は会場に転送された。試合が始まるのだ。
　対戦相手“アレス弐型”の武装は、ファイヤーウィップにストライクス・スリーだ。たいしたダメージは与えられないが、追加ダメージで相手の機体の性能を下げることを主体とした武装である。長期戦に持っていって勝つ、という戦法だろうか。
　それに対し“バラード”の武装は、ソニックブレイドにストライクス・スリーである。ソニックブレイドのような多弾系武装は、何弾命中したかによって威力が変ってくる。全弾命中したときの威力はすさまじいものがあるが、１〜２弾しか当らなかったときはそれ程威力はない。いわば、バクチ的要素の強い武装だと言えるだろう。予備にストライクス・スリーを装備しているのもうなずける。
　もしソニックブレードが十分な威力を発揮していたら、もしかしたらタツヤは勝っていたかもしれない。しかし、タツヤはソニックブレードを十分に活かしきることができなかった。
　試合開始後２分、アレス弐型はファイヤーウィップを命中させた。その一撃をバラードは楯で受け止めたが、その余熱でわずかに、一時的にとはいえ機体の性能が落ちてしまった。
　一方バラードの攻撃は、アレス弐型がうまく避けたのか、ソニックブレードを２回ほど命中させたが、それは２弾とか１弾しか命中しなかったのだ。
　そして試合開始後４分、アレス弐型のファイヤーウィップが、マントを引き裂いてバラードの左手に命中させたのだ。その一撃でバラードは、大幅に性能が落ちてしまった。
　この時点で決着がついたといってもいい。これ以後、バラードは相手に攻撃を命中させることができなかったのだから。
　ソニックブレイドをうち尽くしたバラードは、ストライクス・スリーで攻撃を仕掛けてきた。しかし、タツヤにとっては初めて使う武器である。使いこなせていないようだ。
　相手のファイヤーウィップがエネルギー切れを起こすまでは、なかなか接敵できなかった上に、相手もストライクス・スリーを使ってくるのである。
　しかしタツヤは、うまくダメージを散らして、試合終了まで持っていった。ほとんど意地であろう。被害額はかなりのものになったが……
　結局、試合終了まで、バラードはアレス弐型の本体にダメージを与えることができなかったのだ。
　試合結果は、誰が見てもアレス弐型の勝利だった。
　相手の選手ニーナは、判定勝ちだったのが不満な様子だ。いまいち素直に喜べないようだ。
　しかし、無傷で次の試合に進出できたのだ。トーナメントにおいては、これはただ勝つことよりもずっと意義がある。

　タツヤは、チームメイトと、先程まで客席にて観戦していたアインの出迎えを受けていた。
　「大丈夫か、タツヤ？　どこもけがしなかったか？」
　「ああ、大丈夫大丈夫」
　実をいうとあまり大丈夫ではない。相手の攻撃の際にくらった衝撃は、コクピットにまで響いてくるのだ。そのたびにショックをうけていて、もう少し戦いが長引いていれば、タツヤは気絶していたかもしれない。
　もっともその前に、パーツが破壊されて勝負が決まっていたかも知れないが。
　アインが心配そうに言う。
　「あまりムチャして、命を粗末にしないでよ」
　それはできない相談である。ドーラーである限り、常に命は危険にさらされている。それはアインも良く知っていることである。
　タツヤは今、どんな思いで、マッチメーカーに出場しているのだろうか？
　彼女には、タツヤの気持ちが分からなくなっていた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　数日後。
　タツヤは、海の見える高台にある墓地にいた。ここには、先の大会で死亡したかんたが埋葬されている。
　他に参拝客は見えない。タツヤは、１人でここに来ていた。
　葬儀には参列しなかった。第一、タツヤはかんたと、そんなに親しかったわけではない。マッチメーカーの対戦相手という以上の関係は無かった。
　例え親しかったとしても、よそのチームの関係者は、葬儀に出席しないというのが一応の不文律として存在している。一歩間違えれば、死んでいたのは自分たちかも知れないため、気まずいからだ。
　しかし、タツヤには、彼の死がとても人ごとのようには思えなかったのだ。
　ここ数回、タツヤは自分の異常に気がついていた。
　試合途中に、頭部に衝撃が走るのだ。最初は機体に伝わる衝撃が響いてくるのかと思っていたが、こうも毎試合おこると、とてもそれだけとは思えなくなってくる。
　なにかの後遺症かもしれない。
　タツヤは、一度検査入院を受けたことがある。医学の発達したこの時代にそれでも分からなかったとすれば、それは精神的なものかもしれないが。
　無造作に花束を投げ置くと、タツヤは墓石に対してつぶやいた。
　「なぁ、あんたは、何のために戦っていたんだ。死んでしまったら、なんになるんだろうか」
　それは、自分にたいする問いかけでもあった。

後書き

初出：'93/02/01 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #381


特別番外編その４　コンバット・アーミー

 　遠くで爆音が聞こえる。そろそろ帰還の時刻だ。
　俺は、彼らが戻ってくるのを遠くから出迎えていた。事前の報告では、今回は中隊全員戻ってくるそうだ。遠くからでも、編隊の様子が見て取れる。
　だが、そのうち１機の様子がおかしい。煙が上がっている！
　『第２４分隊が帰還する。ピットで待機中の者は、直ちに出迎えの用意をしろ。なお、出撃したアーマーナイトのうち、３番機が負傷、誘爆の恐れあり。帰還と同時に機体破棄をおこなう。消火作業の準備もせよ』
　管制塔にいるはずの司令官から、指示が聞えてきた。
　着陸と同時に機体を捨てるだと〜？
　俺たちが苦労して整備した機体を、何だと思っているんだ。
　ま、その分俺たちへの報酬が増えるから、文句を言えた義理じゃないが。
　そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、次々と機体が帰還する。損失部のない機体は危なげなく、この基地のピットに帰還した。ただ１機、最後に残ったあいつの機体を除いては。
　その小型のアーマーナイトは、最後まで帰還に躊躇しているようだ。
　片足がもげてしまっては無理もない。他にも頭部が失われている。ここまでブースターで宙に浮くことで移動してきたようだが、それにしてもこの態勢で、よくここまで戻ってこれたものだ。
　胴体内部から煙が発生している。
　あんの野郎、禁断のターボ使いやがったな。
　そいつが、もう１本の残った足をクッション代わりにして、基地に軟着陸してきた。その足も既にぼろぼろだ。着陸の衝撃に耐え切れずに、誘爆を起こしてしまった様子だ。
　炎上する機体の中に、丸いものが残されている。シェルターコアだ。このすさまじい爆炎の中でも、強力な断熱効果で中にいるパイロットを守ってくれているはずだ。
　直ちに消火作業が行なわれた。
　たちまちにして火は消えた。後には散乱した破片と（少なくとも外観は大丈夫な）脱出装置が残されている。
　俺たちはそこへ駆けつけた。
　「大丈夫か！　タツ！」
　「大丈夫なわきゃ、ねーだろ！！」
　いきなり元気な声が帰ってきた。シェルターコアからタツノリが出てきたのだ。俺はほっとすると同時に、腹がたってきた。
　「なんだと？　せっかく人が心配してやってんのに、その言い草はないだろ」
　「それはこっちがいいたいわい！　大枚はたいて買ったフレイムランチャーが、２〜３回使っただけでパーだ！　整備不良もいい加減にしろ！」
　その時、後ろから声がかかってきた。
　「整備代をけちるからさ」
　声をかけたのは、２番機のパイロット，ミッキーだ。第２４分隊長もいる。
　「残念だったな。せっかくの一番手柄も、機体破壊で帳消しかぁ。損害額は８０００Ｃｒ．ぐらいか？」
　「ふん！　また新しい機体を買うさ。今回の報酬額も結構なもんになるだろうしな」
　「その証拠となるビデオはどうした？　燃やしちゃったら、出るもんも出ないからな」
　「バカやろ！　ちゃんと一緒に脱出したわい！」
　「それより司令室に集合だ。今回の作戦報告をおこなう」
　隊長がそういうと、分隊のパイロットたちが一斉に返事をした。
　その時、司令室に向かおうとするタツノリが、俺に向かって声をかけてきた。
　「ケイゴー！　今度はちゃんとした整備をしろよー！」
　言われるまでもない。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　俺たちは、傭兵部隊である。
　俺たちの雇い主であるサラセン王家は、この最後の王国と言われているサラセン王国に、長い間君臨および統治を行なってきていた。小さいながらも鉱物資源の発掘で豊かな国だった。
　今、この王国は、解放軍を名乗る連中によって反乱が引き起こされている。既に国土の半分以上が、反乱軍の手に落ちてしまっている。この国の豊かな鉱物資源を民衆の手に、とか言ってはいるが、背後に大国の影がちらついて見えるのは、俺たち異国の人間にとっては周知の事実だ。
　しかし、そんなことは俺たちには関係ない。正当な報酬さえ払ってもらえればそれでいいのだから。
　傭兵部隊も王家をまだ見限ってはいないのは、この国にとって最も重要な都市や鉱山が、まだ王家の統治下にあるためだ。きちんと払うだけの報酬はあるということである。
　無論、この国にも正規の軍隊はいる。しかし、軍の半分近くが反乱軍側についてしまった現在、王家が最も信頼しているのが、俺たちよそ者（傭兵部隊）というのも皮肉な話である。

　ここの部隊のシステムは、破壊した敵の数に応じて報酬が支払われるというものだ。それをもとに、それぞれのパイロットが自分でアーマーナイトのフレームや武装などを購入し、整備を依頼する。
　つまり、パイロットそれぞれがその機のオーナーとして扱われ、自分で管理しなければならないのだ。
　活躍すれば報酬も増える。それで強化したアーマーナイトに乗り込めば、さらに活躍もできる。出撃を拒否することも自由である。それなりの違約金さえ支払えればの話だが。
　俺たち整備関係のものは、彼らから整備の依頼を受け取るのだ。武装の注文にも、できるだけ答えるのがポリシーである。
　第２４分隊の報告が終わった後、タツノリがふてくされてやってきた。
　「どうした、タツ。景気の方はどうだい」
　「どうしたもこうしたもない。また認められなかったんだ」
　「え、またかぁ」
　俺は技術軍曹、タツノリは准尉待遇の上級軍曹であるが、同郷の出身であることも手伝って、お互いの腹の内を遠慮なくぶちまけることのできる仲である。親友というやつだ。だから、タツノリのいいたいことも大体分かる。
　「小型機２機は撃墜が確認されてないんだと。中型機１機はとどめをさしたのがミッキー少尉だそうだ」
　「じゃあ今回は報酬が少ないな」
　「撃墜が認められたのは小型機３機と大型機１機、地上の軍事施設や戦車分だけだそうだ。２４５０Ｃｒ．しか出なかった」
　「たいした戦果じゃないか」
　部隊の中には、出撃しただけで戦果も挙げられない奴も多いのだ。
　「それじゃあ、今回は大幅赤字だな。新しい機体はどうする」
　「いつもの奴にしてくれ。武装はグレードソードと……」
　タツノリは優秀なパイロットであるため、今まで貯めた所持金が多い。
　おそらく隊では２番目に腕がいいのではないだろうか？
　ちなみに１番目はミッキーであるとの評判である。
　ただ２人には、大局的な戦略眼や指導力があまり備わっていないため、分隊長が別にいるのだそうだ。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「サラセン第２の都市ティルノアから、救援要請が届いている。最近の相次ぐ敵襲で、都市を守る正規軍が半壊状態になったそうだ」
　司令官から次の作戦内容が言い渡されている。
　「そこで、軍の立て直しの間、都市から比較的近い我々が代わりに警戒任務に当たることとなった。第２３分隊と第２４分隊に、防衛任務につくことを命ずる」
　パイロットたちから不満の声があがる。都市の防衛は、割の悪い任務なのだ。
　敵が襲ってこない限り、手柄を立てる機会が無いし、襲ってきたら襲ってきたで、周囲に余計な被害を与えないように気をくばらなければならない。
　「質問、街の治安維持などもせねばならぬのですか」
　「そこまでする必要はない。正規軍が引き続き治安維持活動をおこなう」
　司令官は、質問に答えた。
　「諸君等は防衛任務にだけ当たればよい。なお、任務についてる間、１日１００Ｃｒ．の特別報酬が出るうえ、武器・弾薬・燃料等の必要経費は、正規軍がうけもつそうだ」
　今度は歓喜の声が上がる。それなら悪い条件ではない。
　が、ここで１人の声が入った。
　「司令官、この任務、私は降りるわ」
　声を出したのはミッキーだ。あたりがざわつく。
　「ティルノアは戦略上の要点でもあるし、敵襲も多い。地上のアーマーナイトと、空からの戦闘機が編隊を組んでやってくることもあるそうじゃないか。俺の大型アーマーナイトじゃ、空からの攻撃には格好の標的になりやすいからな」
　「命令違反には違約金が課せられる。副官とはいえ分隊指揮官の貴官が命令拒否するなら、８０００Ｃｒ．の違約金を払ってもらうことになるが」
　「かまいませんよ。それで命の保証が得られるのならね」
　司令官はため息をつくと、タツノリに向かっていった。
　「それではこの任務の間、貴官が副官代理と言うことになる。第２４分隊長をサポートし、任務を完了せよ」
　「はっ！」
　タツノリは元気よく返事をしたそうだ。

　タツノリたちがティルノアで防衛任務についている間、俺は基地に待機していた。従ってこれは後から聞いた話だが、ティルノアの防衛任務は最初は退屈なものだったそうだ。
　まぁ、敵襲に備えての哨戒任務などはあったが、本来は傭兵のすることではない。時折断続的に敵の攻撃があったらしいが、少し抵抗を見せるとすぐ退却していった。
　それ以前の敵襲に比べると、まるで腑抜けになったようだ。
　しかし、これが敵の陽動作戦だったとは、司令部も気付いていなかった。任務についてから１０日たったころ、本格的な敵の侵攻が行なわれたのだ。
　『敵襲、敵襲。空から戦闘機、攻撃機が１個編隊と、アーマーナイトが１２機、戦車による１個中隊、こちらに向かっています。明らかに都市制圧を目的としたものと思われます……　ア！　敵は、マイノウスク粒子散布機を使ってきたものと思われます。レーダーの反応が不良！　以後、射撃兵器および遠距離通信は使用困難になるものと思われます』
　索敵兵からの報告に、傭兵たちは色めきたった。
　分隊長が指示を下す。
　「正規軍と２３分隊は、都市防衛の任務につく。俺たちは、側面から回り込んで奇襲をかける。敵のマイノウスク粒子散布機が、逆に俺たちを隠してくれるはずだ。だが、それは敵も同じ。伏兵に気を付けろ！　くれぐれも油断するな！」
　「はっ！」
　このときタツノリは、久しぶりの戦果を挙げるために、うずうずしていたらしい。

　戦闘は鮮烈を極めたが、どうやら防御側が優勢だった。
　第２４分隊が乱戦に持ち込んだため、攻撃機も空から容易に狙えなかったそうだ。こちらにも被害が出たが、タツノリは小型機の高機動性を活かして接近戦に持ち込み、グレードソードで１機づつ倒していった。
　反乱軍側は、マイノウスク粒子が逆に仇になったようだ。
　１時間もたった頃には、既に決着がついていた。
　敵は体勢を立て直すために引き上げ、傭兵部隊も深追いはさけ都市に戻ったというのだ。
　『これより基地に戻る。各自集結せよ！　こちらの被害状況は！？」
　「８番機がやられた。６番機は移動不能。他は動けなくなるほどの損傷はしてない」
　隊長の指令に、タツノリが答える。
　『よし、６番機は誰か支えてやれ。１人失ったのは痛いが、他が無事でなによりだ』
　だが、彼らが都市に戻ると、大変なニュースが待ち受けていた。
　「なんだって、俺たちの基地が襲撃をうけてる！？」
　「先程通信が回復した。５０機以上の大編隊が襲ってきているようだ。ティルノア攻略は囮だったらしい」
　敵の真の目的は、俺たち傭兵部隊の殲滅にあったようだ。
　タツノリがそれを聞いて叫んでいたという。
　「バカな！　反乱軍の、どこにそんな余裕があると言うんだ！」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　基地に残っていたミッキーは、敵襲が来ることをあらかじめ予測していたようだ。基地に残っていた連中たちとともに、既にアーマーナイトに乗り込んでいる。
　基地に残っていた部隊は、第２１分隊と第２２分隊の連中だった。何れも一騎当千を自称する連中だが、基地の戦力が半減している事実は否めない。
　もちろん救援を求めたようだが、どうやらジャミングされて思うように通信できなかったらしい。
　「聞いたか。ロドリア連邦の紋章をつけた機体もいるらしいぜ。やっこさん、とうとう本格的な内政干渉に乗り出しやがった」
　ミッキーは、出撃する前こういって笑っていた。楽しくてしょうがないといった表情だった。
　本当なら、こんな戦闘におもむくのは無謀の一言に尽きるだろう。だが、ミッキーは負けるとは考えていない様子だった。あのときの任務拒否は、この戦いのためだとさえ思えてくる。
　自分だけは何があっても生き残る、そんな確信に満ちた目だった。
　その戦闘は、いつになく激しいものだった。
　倍以上はいる敵の軍勢に対し、傭兵部隊も１歩もひかなかったのだ。
　パイロットの練度と言うものもあったようだ。戦闘に熟達した傭兵たちに比べて、反乱軍はともかく、ロドリアの援軍たちの技量は明らかに劣っていた。
　ミッキーも活躍したらしい。敵の攻撃を無理に避けようとはせず、楯で受け止めれるものは楯で受け止めて、銀河流星剣などの強力な武装で一気にたたきのめすのが彼の戦い方だ。
　ゆえに危険も多いのだが、彼は機体を失ったことは一度もない。
　だが、この敵襲を押し返しはしたものの、基地は使用不可能なまでに爆破されてしまった。部隊も、半数以上がやられてしまったようだ。
　そしてミッキーも、二度とその皮肉に満ちた目を見せてくれることは無かったのだ。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「諸君、静かに聞いて欲しい。サラセン王家は降伏を受け入れることを決定した」
　司令官が淡々とした表情で話す。傭兵たちも、別段驚いた様子はない。
　基地を壊滅された後、傭兵部隊は王都サラセンまで退かざるを得なくなった。大国ロドリアの参戦によって、状況はそこまで悪化していたのである。
　「降伏を正式に受託するのは３日後。だがその前に、我々に最後の命令が下った」
　そして司令官は、タツノリを呼んだのだ。
　「本日付けで貴官を少佐に特進させる」
　タツノリは驚いた様子だった。だが、あと３日で解散する部隊で昇進したところでうれしかろうはずが無い。
　「そして貴官に、王族の連中の国外逃亡の指揮を命ずる。むろん、相当の報酬は出る」
　なるほど、王族の脱出の指揮をとるために、多少なりとも箔をつけさせたいと言うことか。タツノリが選ばれたのは、ミッキー亡き後、部隊で一番となった腕前を買われてのことだろう。
　王族には、まだ国外逃亡の手引きを依頼するだけの資産が残っているのだ。しかし、相当危険な任務には違いない。
　「残りの部隊は、陽動作戦を行なう。最後の反撃をおこなうと見せかけるために、ティルノアの占領部隊に攻撃を仕掛けるのだ。なお、この作戦をもって部隊は解散する。以降の行動は、各自の判断に任せる」

　出立する前に、タツノリは俺に会いに来た。
　「いろいろ世話になったな、ケイゴ」
　「ああ。タツ、お互い生き延びることができたら、一杯やろうぜ」
　「無理すんな。お前、酒が飲めねえんだろうが」
　これが最後かもしれないのだ。名残を惜しむのも許されるだろう。
　「ところでケイゴ。この戦争が終わったらどうする気だ」
　「今までの報酬額がかなりのものになってるはずだからな。平和な故郷に戻って、整備屋でも始めるさ」
　俺はそう答えた。この時代、もう傭兵を必要とする国は残っていないだろう。
　「お前はどうするんだ、タツ」
　「俺か？　俺は……　あまり考えていなかったな。どっかに土地でも買って農園でも経営するか」
　「何いってんだ。お前に経営ができるわけないだろ」
　俺はそういって笑った。タツノリも違いないといって笑いだす。
　それが、俺たちの最後の別れになった。

　タツノリが出立し、陽動作戦で部隊が出撃したあと、俺たち後方支援の分隊も脱出作戦を展開した。王都サラセンのスペースポートまで向かうのだ。
　パスポートはあらかじめ用意されているし、王都サラセンはまだ占領されていない。スペースポートまでたどり着けば、あとは脱出艇が用意されているはずだった。
　だが、空港にたどり着いたとき、思いもかけないことが起こった！
　「われわれは、サラセン解放軍のものである！　この空港は、暫くの間閉鎖するものである！　ここにいるものは、無益な抵抗を行なわないように。まもなく真の民意を代表する我等の本隊が、ここを訪れるであろう」
　全くナンセンスとしか言いようがない演説と共に、反乱軍と思われる連中がスペースポートを占拠したのだ。
　俺たちがなすすべが無いまま時間はたち、王都は降伏した。
　そして俺たちは、王家に味方した者として捕虜とされた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　俺たちがサラセン共和国から釈放されたのは、１０年以上も月日が経ってからだった。
　不当な拘束を行なったとして、釈放されるとき保証金が出るには出たが、それは俺たちが本来もらうはずだった報酬の１００分の１にも満たなかった。
　タツノリはどうしただろうか。共和国側は王家の連中の行方をずっと探していたそうだが、未だに見つかっていないところを見ると、どうやら脱出には成功していたらしい。
　俺はその後故郷に帰ったが、そこでは毎日を暮らしていくのに精一杯だった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「チーフ、何考え込んでいたのですか」
　「え、あっ。ちょっと昔の事をな」
　いま、私はマッチメーカーの整備班のチーフとして雇われている。
　本物の戦争と比べればお遊びみたいなものだが、ここのパイロットの少年を一人前のドーラーとして育てていくのが、私の役割であると思っている。

後書き

初出：'93/02/07 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #417


第２２話第１編　栄光の落日（１）　（第５６回大会）

 　誰もいないマンションに、アインは戻ってきた。
　部屋が薄暗い。既に夕方だというのに、電気もつけていないからだ。しかしアインは、電気をつける気にもなれなかった。
　この部屋の本来の主はタツヤである。アインは、タツヤと一緒に暮らしていたのだ。
　しかし、彼はもう……
　彼女は、必死になって頭を振った。それで現実が変わるわけではないが。
　いつかはこんな時がくると知っていた。その時の覚悟はできているつもりだった。しかし、実際に目の当たりにしても、それで何も感じることができない自分に驚いていた。
　知らないうちに涙を流していた。自分が涙を流しているのが不思議だった。何かを言おうとしたら、それが嗚咽にしかならないことがよくわかった。だから彼女はしゃべることができなかった。
　アインは、リビングの真ん中にぺたりと座り込んでいた。
　周りが静かに思える。
　ときおりマンションに響く足音が、周りの家電製品がおとなしそうに動く騒音が、その静けさを一層引き立たせている。

　タツヤはもう、ここには帰ってこない。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　海の見える高台から降りてきた時、タツヤは、そこに黒塗りのロールスロイス車が止まっていることに驚かされていた。
　この時代、こんな大型のクラッシック車を使っているのは、よほどの金持ちかカーマニアである。いや、言い直そう。よほどの金持ちでカーマニアである。
　その側に、一人の少女が立っていた。まだ１６〜１７歳か、清楚な雰囲気がとてもよく似合っている。
　「タツヤ・ワキさんですね」
　その少女が、声をかけてきた。消え入りそうだが、真のはっきりと通っている声だ。
　「え……、ああ、そうだけど」
　「はじめまして。シオリ・イジュウインと申します」
　その名前を聞いても、タツヤはその少女が誰なのか、すぐには思い出せなかった。
　「え、ええっと」
　「今日は貴方に、ぜひ付き合っていただきたいのです」
　思わぬ成り行きに、タツヤはどうしていいのか分からなかった。
　「ささ、どうぞ」
　運転手と思しき若い男に薦められて、タツヤはその骨董品ともいえる高級車に乗り込んでいた。

　「あの……、これは一体」
　まだわけの分からないタツヤが、恐る恐る尋ねてきた。傍から見ていると、ぽかんとした表情がとても間抜けである。
　「まだ分かりませんか」
　イジュウインという名前には聞き覚えがある。タツヤは父親の仕事には興味はないが、確か父親の取引相手の一つの経営者が……
　「あっ！　まさか！」
　「思い出していただけましたか」
　シオリと名乗った少女は、タツヤの顔をのぞきこんでいる。心成しか、意地悪くにやついているように（タツヤには）思えた。
　「なぜ、見合いのお話を反故にしてまで出奔なさったのですか。そんなに私（わたくし）と見合いすることがお嫌だったのですか」
　相変わらず静かな、それでいてきつい口調だった。
　「なぜって……、オレには好きな人がいたし……、それに第一、あからさまな政略結婚だったじゃないか。まだ結婚するつもりは、それも親が勝手に決めた相手となんか、したくなかったんだ」
　しどろもどろになりながら、タツヤは答えた。
　「そのお気持ちはお察しします。が、このままでは私の気持ちがすみません。今日は一日、付き合ってもらいます」
　当然である。女性にとって、見合いを台無しにされるということ以上の屈辱はないであろう。自分にはそれだけの魅力がないといってるのも当然だからだ。いくら女の気持ちに疎いからといって、そのことに思い至らなかったのはタツヤの過失である。
　「付き合うって、どこへですか」
　贖罪感からか、タツヤの口調も丁寧なものになっている。
　「出奔なされたとはいえ、ワキ家の御曹子に並大抵のところでは失礼でしょう。それなりのところを用意しております」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　シオリが連れていったのは、メガロポリス内でも十指に入るといわれる、超高級グランドホテルの最上階、展望レストランだった。
　「いらっしゃいませ。イジュウイン様」
　ウェイターたちがそろって頭をさげる。シオリたちは、一番外の景色の眺めの良いテーブルに案内された。今は夕焼けが美しいが、日がくれた後の夜景もきっとまた格別だろう。
　他に客はいない。シオリが借り切っているのだ。
　シェフから、豪華なフランス料理のフルコースが運ばれてくる。
　「２８年ものの、フランス製貴腐ワインでございます」
　ウェイターが、ワインを注ぐ。が、それにはタツヤもシオリも口をつけなかった。２人とも未成年だからである。
　まぁ、雰囲気作りには役立っているかもしれない。
　意外と落ち着いた表情で、タツヤは切り出した。
　「変な気持ちだな。初めて会うはずの女性と、こんな風にしてるなんて」
　「そうですわね、なんか可笑しいですね」
　シオリが微笑み返す。そして尋ねた。
　「貴方の恋人は、どんな方です」
　「どんなって、元気があって、かわいい人さ。清楚さや落ち着いた雰囲気では貴方にかなわないかもしれないが」
　タツヤはアインがオーナーの秘書だったことを、未だに知らない。
　「幼なじみだったそうですね」
　「うん。オレが６つか７つのころだったと思うけど、その時に近所に越してきたのさ。それまで外国にいたらしいけど、既に父親を失ったらしくてね。オレも母親に幼いころ先立たれたと言うこともあって、すぐ友達になれたし」
　タツヤがべらべらしゃべっている。アインのことについてこうまで人にしゃべったのはこれが初めてである。女性とのこうした雰囲気に弱かったのかもしれない。
　「彼女のために、ドーラーになったそうですね」
　「え……、あ。そうだけど……」
　タツヤがそれを誘導尋問だと気付くまでに、若干の時間がかかった。
　「どうしてそのことを知ってるんだ！　いや、知ってるんですか？」
　タツヤはそのことを話したことは、一度もなかったはずだ。
　「なんとなく分かるものですわ。貴方がアインさんと一緒に出奔なされた後、すぐにドーラーに戻ったと聞きましたことからも」
　女性のカンを侮ってはいけない。
　「しかし私には分かりません。私はよく知りませんが、マッチメーカーには常に死ぬ覚悟がいると聞きます。あの方を大事にしたいと思うのなら、もっと自分の身も大事にすることが大切なのではないでしょうか」
　シオリの話を聞くと、タツヤは不愉快そうに立ち上がった。
　「別にアインのためだけじゃないさ」
　シオリに聞かせるつもりでしゃべったのではない。タツヤの独り言だ。
　シオリがいうこともタツヤにはよく分かる。しかし、タツヤがパイロットに戻ることを決意したのは、父親に対する反抗心からでもあるわけだ。
　タツヤは、父親と縁を切るつもりで家を出た。見合いを台無しにすることが分かっていただけになおさらだった。だから、自分が家を出ても大丈夫だと、父親の庇護がなくても一人前にやっていけるということを示したかった。
　タツヤが一人前にやっていけるのは、マッチメーカーしかなかったのだ。
　その後タツヤは、当たり障りのない話題を慎重に選んで食事をすすめた。シオリの方も、それ以上その話題に突っ込むことはなかった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「今日はここで別れさせてもらえます。これ以上ご一緒できません」
　レストランで食事を終えると、タツヤはそういってシオリたちと別れた。ここからタクシーで帰るつもりだ。
　「今日一日貴方と付き合ってみて、本当によかったと思いますわ」
　シオリはそう返した。
　ロールスロイスで帰る途中、運転手が尋ねてきた。
　「お嬢様、あんな奴と付き合って、本当に楽しかったのですか」
　「ええ、タカシロさん。あの人がどれほどつまらない人か分かっただけでも、良かったと思えますわ」
　命をかけて愛するなんて格好いいことはバカのすることである。言ってることは辛辣だが、的を得てないこともない。それで残された者が、幸せになれるとでもいうのだろうか。
　「ええ、そうですか。そうですよね。つまらない男ですよね」
　タカシロというその若い侍従は、本当にうれしそうに相づちをうった。
　「せっかくジカートさんが紹介してくれた縁談ですが、自分からぶち壊してしまうような相手にお嬢様はふさわしくありませんよ。お嬢様に恥をかかせるやつなんて……　あれ、お嬢様、どうかなさいましたか」
　「なんでもありません！」

　バックミラーに映ったシオリの目から、涙のようなものがこぼれていた。

後書き

初出：'93/02/15 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #528


第２２話第２編　栄光の落日（２）　（第５６回大会）

 　「エンジンの調子はどうだ！」
　サカキが怒鳴っている。
　「大丈夫です。出力異常は認められません」
　整備の一人が手を振って答えた。
　ここはマッチメーカー会場にあるアーマーナイトの保管庫である。彼らは翌日に行なわれるマッチメーカーの試合に向けて、最終調整を行っているのだ。
　そこへ、手に資料を持った大会係員の一人が声をかけてきた。
　「『チーム３１』ですか。早速ですけど、点検に参りました」
　「あぁ、これはどうも。ご苦労様です」
　サカキが相好を崩して答えた。整備班の連中がくすくす笑っているのが聞えてくるようだった。
　サカキたちメカニックチームは既に受け付けのチェックをすませて、今回運びこんだアーマーナイトの資料を提出している。現在、機体の最終調整を行っているところだった。
　それをもとに、大会側の検査員が綿密なチェックをおこなうのだ。ちょっとでも提出された資料と機体とが異なる部分があるかどうかを調べるためである。
　機体価値が所持金を超えているのかどうか、不正に改造された武器を使用しているかどうかのチェックは、ここで行なわれる。
　しかし、ここまで参加者が増えると、チェックからもれることもある。実際に検査員の数は、多数のアーマーナイトをチェックするには、絶対的に不足しているのだ。
　だが、そうした不正機で参加したことは事後にばれる。過去の大会で、機体価値が大会規定より超えた機体で参加したチームがあったが、彼らは所持金を没収され、対戦相手に分配されるという処置がとられた。また、武装の形式が違うというだけで失格となったこともある。
　どのチームもその様な違反をとられたくないため、整備には特に念を入れているのだ。
　「オーケー。提出資料通りです。特に違反はありません」
　そばで聞いていたゴローは、当たり前だといいたくなる衝動を押さえていた。彼はこの検査と言うものに未だに馴染めないのだ。
　「いや、ご苦労様でした」
　サカキがそんなゴローを横目でちらりと見ながら、検査員を会釈で送っていた。
　その検査員がよそのチームの検査をはじめるのを見て取ると、サカキはまたいつもの怒鳴り声をあげはじめた。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　ちょうどその時、タツヤはマッチメーカー会場に設置されている喫茶室でくつろいでいた。
　彼は、チームが会場にアーマーナイトを運びこむのについてきていたのだ。
　他にも、受付けをすませたチームの関係者がここでくつろいでいる。彼らのメカニックチームはきっと今頃、最終調整に余念がないはずである。
　そんなとりとめもないことを考えながら、タツヤはここでコーヒーを飲んでいた。これで向かいにアインが入れば、文句はないのだが。
　「ご一緒して、よろしいですか」
　その時タツヤに声がかかった。中学生ぐらいの女の子の声である。だがその声に、タツヤは聞き覚えがあった。
　あやである。
　他にもテーブルの空きがあるにもかかわらず、あやはそういうと、タツヤの返事を待たず勝手に席に座った。
　「……」
　タツヤが何もいえずにいると、あやのほうから声をかけてきた。
　「タツヤさん、ですね」
　怒りを押し殺したような声である。タツヤは、ごくりと唾をのみこんでいた。
　「どうして、姉さんを殺したんですか」
　口調は丁寧だが、敬意は感じられない。
　「試合する時は全力で戦うというのが、みかさんとの約束だった。すまないとは思っているが、これも戦うものの掟みたいなものだ」
　「だったら、どうして姉さんに近づいたの！」
　あやが大声をあげた。周りがこちらに注目している。その視線に気付いて、あやも少し声をおとした。
　そんなことは彼女にも分かっているのだ。ドーラーである限り、いつ死んでもそれは本人の責任である。それはドーラー全員が覚悟していることだ。
　それでもやはり憎まずにはいられない。いつか姉さんの仇を討ちたい。あやは、あの時以来ずっとそのことだけを考えつづけてきたのだ。
　「殺す相手に近づくなんて、卑怯よ。タツヤ、聞けばあなた、恋人がいるそうじゃない。それなのに姉さんに近づいたなんて、あたし、許せないわ！」
　あやが感情を高ぶらせている。みかはタツヤと初めて会った時、さんざんタツヤにおごってもらったのだ。そのことをみかは、あやに楽しそうに話してくれたことがあった。
　その相手に殺されたのだ。あやの心中に複雑な愛憎が渦巻いていても不思議ではない。
　「オレを殺して、それからどうするつもりだ？」
　「どうするもこうするもないわ！　あなたを倒すだけよ。マッチメーカーで死んでも、それは事故死なんでしょ？　あなたの恋人は、きっと誰も恨まないわよね」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「あや、こんなところにいたの」
　「こっちいきましょ。こんな人と付き合ってる必要はないわ」
　突然、声がかかってきた。あやと同じ中学生ぐらいの女の子が２人、声をかけてきているのだ。
　その少女たちの顔にも、タツヤはどこかで見覚えがあった。あやはそうねといって立ち上がると、その子達の方へ向かっていった。
　一瞬後、タツヤは思い出した。あの時、初めてみかと会った時に、一緒にいたみかの友達たちではなかったのか！？
　立場が変わると、態度も変わるものである。あのとき、タツヤと話すことにキャピキャピだった少女たちはいま、タツヤに冷たい視線を浴びせている。
　「そうそう、今回から、無差別級は相手を指名できるようになったわよね」
　立ち去る時、あやは思い出したように話し出した。
　指名できるといっても、それは、所持金が下位のチームが上位のチームに対してのみ認められるのだ。複数の指名がかち割った時には、より所持金の少ないチームの指名が優先される。
　「わたし、あなたを指名しておいたから。試合当日が楽しみね」
　タツヤは頭痛がひどくなったように感じた。

後書き

初出：'93/02/17 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #543


第２２話第３編　栄光の落日（３）　（第５６回大会）

 　第５６回マッチメーカーが開催された。
　今回は通常大会にもかかわらず、大変な盛況ぶりである。参加チームは７０に達し、大会側が参加を締め切らざるを得なかったのだ。これ以上のアーマーナイトを収容する余裕がないということである。
　それだけでなく、今回から取り入れられることとなった無差別級の対戦相手指名制度も人気に拍車をかけた。大会側が事前に告知したのだ。

　『指名が一件成立しました
　　　−　指名チーム：　ゼロサプレス（あや）
　　　−　指名相手　：　チーム３１　（タツヤ・ワキ）』

　あや対タツヤ。こんどこそあやの悲願なるか！？　マスコミはこぞって書き上げたものである。
　あや対タツヤの試合は、無差別級第５試合、つまりこの大会最後の試合に行なわれる。まだ試合までには時間があるのだ。

　会場で試合が行なわれているのをよそに、控え室の廊下に２人の人影がただずんでいた。タツヤがアインと向かい合っているのだ。
　「どうしたんだい？　急に」
　どうしても話したいことがあると、アインに呼び出されたのだ。
　「タツヤ、もうこんなこと、止めにしない？」
　「え？」
　タツヤは、一瞬、何いわれたのか分からないといった顔つきをした。
　「こんないつ死ぬか分からないことをしてくれなくても、いいじゃない。わたし、タツヤが生きてそばにいてくれるだけでいいの」
　「どうしたんだ、急に」
　「いやな予感がしてるの。最近のタツヤの試合って、どこか苦しそうな戦い方してるじゃないの。実は辛いんでしょ、タツヤ、戦うことが！」
　タツヤは黙りこくった。アインの話はあたってなくもないのだ。
　「タツヤはもう十分に強いわ。わたしにとって、世界で一番強い男の子よ！タツヤなら、どこにいってもやっていけるわ。だからお願い、もう心配させないで！」
　「……一番強い男の子か」
　タツヤは、少し残念そうにつぶやいた。
　「この話は後にしよう。これから試合が控えているんだ」
　「でも……！」
　まだなにか言いかけようとしたアインの額に、タツヤは接吻をした。
　思わず言葉を失う。
　「続きは後だ。安心して試合を見ていろ」
　「……ごめんなさい。試合、頑張って」
　「ありがと、アイン」

　『チーム３１』に割り当てられたピットには、“トッカータ”と名付けられたアーマーナイトが威容を誇っていた。既に整備もすまされ、出撃を待つのみである。
　整備班の連中が、ここに居残って機体の確認を行っている。既に最後の調整はすまされているので、これは形式的なものである。どれほど念入りに整備したとしても、故障は起きるときは起きるものなのだ。
　タツヤは機体に乗り込んだ。
　『よう、タツヤ！　さっきはいい雰囲気だったか』
　ゴローが通信を入れてきた。
　「何なんだ、お前は！　なに言ってるんだ、こんなところで」
　『とぼけるなって。ところでどうだ、キスした感想は！？』
　「え……　ア！　お前、覗いてたのか！」
　（えー、まさかキスしていたとは！）
　（俺の勝ちだな。あとでおごってもらおうか）
　通信の向こう側で、チームメイトたちのざわめく声が聞こえてくる。それでタツヤは悟った。カマをかけられたのだ。
　「こらぁ！　人をダシに賭事をするなと……」
　『ところでもうすぐ試合だ。気を引き締めていけよ』
　人の文句を強引に無視して、ゴローは通信を切った。
　「まったく、人の気も知らないで」
　タツヤは、ぶつぶつと文句をいっていた。
　そして、ズンとくるものがあった。最近よく起こるようになった頭痛である。
　タツヤが頭痛を感じるようになったのは、第４回トーナメント大会が終了してからのことである。あのときあやと２度目の対戦をしたタツヤは、機体が大きく転倒したために頭を強く打ったのである。
　その後しばらくの間検査入院することになったが、その間特に異常は認められず、タツヤはそのまま退院した。だが、実はそのころから強い衝撃を受けると頭痛がするようになっていたのである。
　医者には言わなかった。たとえ検査では異常はなかったとしても、頭痛の自覚症状があるならマッチメーカーへの出場を休めと言われるかもしれない。タツヤにはそれが恐かった。
　だから誰にも決して言うことはなかったのだ。
　オレにはここしかない。一人前の男として認められるところは。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「たいへんながらくお待たせ致しました。ただいまより、無差別級第５試合を開始致します。青コーナー、疾風、あや。赤コーナー、常勝の天才、タツヤ・ワキ。ルールは制限時間無しのデスマッチで行なわれます……」
　試合開始を告げるアナウンサーの声が、会場に響きわたっている。観客たちが静まり返った。
　アナウンスの紹介はまだまだ続く。
　「……では、次にタツヤ・ワキ選手のコメントです。
　『この試合、君に勝利で捧げよう』
　おおっと、会場の女性ファンが総立ちです」
　このコメントは、もちろんアインに向けて放ったものだ。だが、アインはどんな気持ちでこのコメントを聞いているのだろうか。
　「対する東ゲートからはトッカータの雄姿が現れました。観客総立ち。大変な歓迎ぶりです」
　東ゲートから“トッカータ”が出てくると、会場は一転して怒涛の如くざわついたのだ。かんた亡き後、マッチメーカーの古豪としてのタツヤの人気はさらにあがっていたのだ。
　向かい側には、あやの乗機“セントビート”がいる。トッカータが軽量級の機体を楯でカバーしているのに対し、セントビートは中量級の機体を採用している。そのぶん楯では劣るが、反応性能では相手の方がかなり高そうだ。
　「場内割れるような喚声の中、サイレンが張り詰めた糸を切り裂くように鳴り響きます。いよいよ試合開始です」
　歓声にかき消されそうなアナウンスの声が聞こえると同時に、２体のアーマーナイトは会場に転送される。そして……

　タツヤのもっとも長い戦いが始まった。

後書き

初出：'93/02/18 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #548


第２２話第４編　栄光の落日（４）　（第５６回大会）

 　トッカータがいきなり右肩に装備したメーサー砲を発射する。
　セントビートは軽快な動きでそれを避けると、相手の攻撃が止むのを待ってすぐにショックカノンで反撃にうつった。トッカータもその攻撃を軽快な動きでかわす。
　タツヤの最後の戦いは、このようにして始まったのだ。

　アインは観客席で、その戦いの模様を眺めていた。
　タツヤが彼女のためにとっておいた指定席である。タツヤがマッチメーカーに戻ってきた時から、彼女はここで試合を見てきた。
　だが彼女は、それ以前からも、いや、タツヤがデビューした時から、ずっとタツヤの戦いぶりを観てきたのである。だがその時には、彼女の隣には常にあの男がいた。
　タツヤを一番強い男にするために、あの男の条件を飲んだのである。そして、タツヤは期待通り一番強い男になった。
　それでタツヤと一緒に暮らせると思った。約束どおり男のそばから開放され、タツヤと共に故郷に帰ることができたのだ。これでもう、タツヤは戦いに出ることはない。その時アインはそう思っていた。
　しかし運命の女神はそれを許さなかった。あの日タツヤは、父親の見合い話を蹴ってまでアインを連れ出しにきた。彼女にはタツヤの気持ちが痛いほど伝わってきた。それだけに辛かった。
　だからあの時、タツヤが再びマッチメーカーに出るといいだした時、アインは何も言い出せなかった。タツヤが考えた末に決めたことだから。
　どうしてあの時、タツヤを止めることができなかったのだろうか。いや、止めようとはしなかったのか。
　それを思うと、胸が締め付けられるように痛い。タツヤは何も知らないでいるのだ。
　「お隣に座って、よろしいかしら」
　突然声がかかった。いいも悪いもない、ここは指定席なのだ。
　その声に振り向くと、シーマが微笑んでいた。

　試合開始１分後にセントビートのショックカノンがトッカータに命中すると、一時的にトッカータの動きが鈍った。しかし、ビームシールドＳでそれを受け止めることができたのは幸いだった。そのおかげで続く相手の攻撃のまえに、トッカータは機能を回復させることができたからだ。
　セントビートはそのビームシールドＳのエネルギーバリアーを消滅させようと、ニュートラライズスティックを大振りした。先端に中和剤を装備した特殊スティックだ。
　だがトッカータにそれを避けられると、もはや相手はニュートラライズスティックを使ってこようとはしなかった。あの一撃で壊れてしまったようだ。
　そしてタツヤは、グレートソードの一太刀を喰らわせようとしていた。メガマシンガンの射撃を受け流すと、グレードソードを楯にぶつけて強引にダメージを与えようとしたのだが、その一撃はほとんどダメージを与えられなかったのだ。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　とある一室で、男はその戦いをモニター観戦していた。
　『トッカータ、グレードソードをかまえるー！　セントビート、間合いをとろうとする。避けられるか！　避けたー！　セントビート、またもやトッカータの攻撃を避けました。うーん、セントビート、回避力が高いですねぇ』
　アナウンスの声だけが響き渡る。先程からの戦いを観ていると、一見互角にみえるが、若干だがセントビートが優勢に試合を運んでいる。
　どうやらまた、あやに負けるようかも知れんなと、男は考え始めていた。
　そこへ彼の片腕ともいえる人から、声がかかってきた。
　「先程、イジュウイン家から連絡がありました。せっかくご紹介いただいた良縁ですが、見合いの話はなかったことにしてくださいとのことです」
　「試合を観ている時ぐらい、話しかけるのは止めたまえ、ジカート君」
　折角の興奮に水をさされたため、男は不機嫌な声で答えた。
　「とはいえ断られるのを承知の上で紹介したから当然の話だな。タツヤが家出するなんて向こうは思ってもいなかっただろうし」
　男はそういうと、それ以上話そうとはせずにモニターに向かった。
　そこへ、おずおずとジカートが声をかけてきた。
　「あのう……」
　「ん、何だね。ジカート君」
　「もう、こんなこと止めませんか。タツヤさんが可哀想ですよ」
　「なぜ君がそんなことをいうのかね。いいドラマを書き上げることができて君にとってもありがたい事じゃないのかね」
　「しかし……！」
　ジカートは、バトルライターと呼ばれるマッチメーカー専門の記者の肩書きを持っている。そのチーム専属のライターとして雇われ、チームのパイロットを主役にしたドラマを書き上げ、発表する事を仕事としている。
　そして、そのために自らドラマを演出する事もあるのである。
　「結果的には断られると分かっていながら、イジュウウイン家に縁談を持ち掛けたこともありましたね。ワキ家の資産とイジュウイン家の家柄が合体すればさらに事業は発展するとも。後継者がマッチメーカーを生き抜いたドーラーとして、知名度があるとも言いくるめましたよ」
　それに、とジカートは心の中で付け加えた。イジュウイン家の令嬢・シオリは、その初恋相手がタツヤだったのである。子供のころ、取引相手としての付き合い上でのパーティの席で、シオリは強い男になるんだと言っていた男の子に出会った。その元気な男の子に、ずっと惹かれていたのだという。
　どこでそんなことを知ったのかは分からないが、目の前の男はその事も知っててこの話を持ち掛けたのだ。この話があれば、必ずイジュウイン家はのってくるだろうと。
　「結婚相手としては、アインよりもふさわしいと思ったんだがね。なにせアインの出生を考えると」
　こ……　この男は、まだなにか知っているとでもいうのだろうか。
　「たしかにアインさんは父親不明の私生児ですね。ですがそれをいうならタツヤの家柄だって怪しいもんじゃないですか。第一、男女の間にはそんなことは関係ありませんよ」
　ジカートが男をにらむ。そのつもりではなかったのだが、男をいつの間にか攻めたてる形になっていた。
　「それだけじゃなく、タツヤさんの入院した病院にまで手をまわしてたでしょう。もしかしたらタツヤさん、今頃頭部強打の後遺症に悩んでいるかもしれませんよね」
　その時、モニターの向こうで異変が起きた。
　打つ手が無くなったセントビートが、シールドアタックを仕掛けてきたのだ。
　トッカータには接近戦用の武器はなかった。半身をおおうエッグシェルで攻撃し返したが、攻撃に耐えられる回数は限られている。すぐに素手で攻撃するはめになった。
　反応性能も向こうの方が優っているため、簡単にはグレードソードの適正距離まで逃げる事もできないのだろう。今はまだいいが、相手も楯を失ったら素手で攻撃する事になるだろう。中量級の機体の素手攻撃の命中率・威力はかなり高いものがある。素手の殴り合いになれば、明らかに軽量級のトッカータの方が不利である。
　「勝ち逃げは許されないのだよ、ジカート君」
　男はモニターの方を向くと、そう言って二度と話さなくなった。
　「わかってますよ。わかってるんですけどね」
　男には逆らえないジカートだった。

後書き

初出：'93/02/19 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #560


第２２話第５編　栄光の落日（５）　（第５６回大会）

 　試合開始からすでに５０分が経過していた。
　トッカータはセントビートの右腕をすでに破壊していたが、セントピートはその中量級の丈夫なフレームを活かし、なおもトッカータを素手で攻撃しつづけていた。決してグレートソードの距離にまで相手を離そうとはせず、粘りついてくるのである。
　タツヤはあせっていた。頭がズンズン痛む。この持久戦には、とても耐えられそうになかった。
　しかし、軽量級の機体の素手攻撃は、たいした事はない。相手の丈夫なフレームを破壊するには威力がなさすぎるのだ。
　どう考えても相手を倒すのには時間がかかる。その間に致命打を受ける可能性の方が高かった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　すでに帰途についているチームもいた。
　３台のトレーラーが、高速道路を走っている。彼らのチームの本拠地は、かなり遠方にあるのだ。
　すでにライト級の試合も終了し、大会終了まで手持ちぶさたで待つ事もないということである。
　彼らのパイロットは、この大会の中でも古豪の部類に入るのだが、一度てひどい敗北を喫して下位のクラスに叩き落とされてからというもの、そこから抜け出せずにいた。
　先程まで運転手を勤めていた男が、３号車のコンテナに戻り仲間と共にラジオを聞いている。マッチメーカーの最終試合の模様を聞いているのだ。
　そして、ドーラーである小柄だが野性的な男も一緒にいた。
　「おい、あのタツヤの試合、まだ続いてるぞ。あーあ、これじゃあ、どっちが勝っても大幅赤字じゃねぇのか」
　ここのドーラーは、が売り出し中だった頃のタツヤと２連戦した事がある。無敗だったタツヤに、初めて敗北を与えたのもここのドーラーだ。
　「鬼よりこわい無差別級だね、こりゃ。まぁ、俺達はライト級に落ちていてかえってラッキー！　てとこかな」
　「がうーー！　がうーー！」
　突然ドーラーが怒りだした。何を言っているのか、普通の人にはよく分からない。
　「あわわわ、分かってるよ、そんなに噛付くなよ。俺達だってわざと下位クラスに落ちてるわけじゃないんだしな……って、え？　ええっ！？」
　突然ラジオから聞えてきた絶叫に、彼らは一瞬驚いた。

　マッチーメーカー最古参の選手であるその男は、すでに自分の試合を終えてタツヤたちの試合に見入っていた。
　彼はタツヤと３度戦い、３度敗れた男である。そのため、タツヤとはもう一度戦いたいのだ。
　しかし彼の目には、タツヤの戦い方が全く本調子でない事に気付いていた。それは、３度目の戦いの時からなんとなく感じていた事である。
　あのとき相手は、勝負をつけるのを急いていた様子だった。その戦いぶりは、どちらかというと身を捨てているものに近いところがあった。どういうことなのだろうか？
　まさか！　いきなり彼はある考えにたどり着いた。それを一度は否定しようとしたものの、その考えは次第に膨らみつつあった。
　「よ、どうだったか、今回の装甲奥義のテストバージョンは」
　突然、別の男が控え室に入ってそう尋ねてきた。
　「なかなか良かったですよ、オーナー。最初のキラーボイスが役に立ちましたしね。しかし試合中に歌いだすのはなかなか勇気がいるもんですよ」
　「そうだろうな」
　そういって２人は笑いだした。
　そのときモニターから歓声がわいた。
　「ああ、タツヤの試合を見てたのか。次に戦う時はこちらが勝ちたいもんだなぁ」
　向かいに座った男はそうつぶやいたが、男は先程の考えを打ち消せずにいた。まさかあの少年にそんなことはないと思うが……
　そのときモニターからアナウンスの絶叫が聞こえた。その絶叫から、男は奇妙な確信をもった。
　あの少年は死にたがっていたあのではないか。少なくとも死ぬために戦っていたのではないか、と。

　会場からこの試合を見学していた少女がいた。彼女もまたドーラーである。
　彼女のデビューもまたタツヤとほぼ同時期である。しかし運に恵まれたタツヤと違い、負けの込んだ彼女は今、スタンダードクラスで戦っている。
　「コーチ！　あのタツヤさんがこんな苦しい試合するなんて……」
　「相手のペースにまんまとはまったという事だ。わかるか？　どんな実力者でも、自分の戦い方を忘れたら実力の半分も出せないものなのだ」
　「……」
　「返事はどうした！」
　「はいっ！」
　教官に怒鳴られて、彼女は声を出して答えた。そのやり取りに、周りの観客は一瞬彼女らに注目した。
　彼女もまた、タツヤと２回ほど戦った事がある。その２回ともタツヤにダメージすら浴びせる事ができなかった彼女にしては、タツヤのこんな戦い方が信じられないのだろう。
　彼女もまた、タツヤを目標の一人にしてきたのだから。
　そのとき観客たちの歓声があがった。場内放送のアナウンスがかき消されるほどその歓声はやかましかった。
　試合経過後５９分、セントビートの右脚によるキックがトッカータの胴部に命中したのだ。その結果に、彼女は声も出なくなった。

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　「タツヤァーーーー！！！」
　それを見た時、アインは信じられないほどの大声で叫んでいた。
　数万をほこる大観衆の歓声にも負けないほどの声だった。後で冷静になって思い出してみると、自分にこんな大きな声が出せるなんて思ってもいなかったという。
　それほどまでにトッカータの胴体は破壊され尽くしていたのだ。いや、問題なのは機体ではない。パイロットの身を守ってくれる脱出装置なのだ。
　そのシェルターコアと呼ばれる脱出装置が、タツヤの身を守ってくれるはずのものが、壊れかけた胴体部から覗いている一部分だけだろうが、衝撃に耐えきれず変形していたのだ。
　それで勝敗は決したのだ。大会の員がすぐさま飛んで来る。
　シェルターコアのハッチが強引に開けられる。別の係員が担架を担いできた。大会側の手配している病院に、タツヤが運ばれていくのだ。
　「タツヤ！　タツヤ！　タツヤァァァ！」
　「お、落ち着いて、アインちゃん、落ち着くのよ」
　シーマが抱きかかえる。周りの人ごみをかき分けてまでアインが、どこかに行ってしまいそうだったから。
　シーマに抱きかかえられたアインは最初彼女に逆らおうともがいていたが、力がぬけるとやがて、シーマに抱きかかえられたまま涙を流した。
　自分の泣き声が聞こえないほど、周りがやかましかったのが救いだった。
　やがて泣きやむと、シーマはアインを諭すようにいった。
　「病院へいきましょ。タツヤ君はまだ、死んだと限ったわけじゃないわ」
　こくりと、アインはうなづいた。行き先はメガロポリス中央病院。かつてタツヤが検査入院したところである。死者すら生き返らせるという現代医学の最先端技術に、アインはすがりたい思いだった。
　しかし、続くアナウンスが、さらに彼女に追い撃ちをかけた。
　「試合終了！　５９分といういい加減にしてほしい長時間の試合の結果、あや選手が、タツヤ・ワキ選手をくだしました。なお、皆様御存知のように、この試合でタツヤ・ワキ選手が亡くなっています。ご冥福をお祈りしましょう……」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　朝のまぶしい日差しの中で、アインは目を覚ました。
　どうやらあれから眠ってしまったようだ。服を着たまま居間で眼をさましたアインは、自分が夢を見ていたのだと悟った。
　それが本当に夢のように、アインは思えた。玄関を開けると、ただいまとタツヤが今にも帰ってきそうだ。
　その時、玄関のチャイムが鳴った。
　アインは、思わず駆け出していた。しかし、玄関の先にいたものは、アインの期待した人物ではなかった。
　「大丈夫だったわね。昨日あれだけ取り乱していたようだから、無事にいてくれるかどうか心配だったのよ」
　「ご心配をおかけしてすみません、シーマさん」
　「着たばかりでこんなこというのは何だけど、タツヤのチーム葬、明日行なう事になったわ。チーム内での些細なものだけど、アイちゃんたちも呼んであるから」
　そう言われて、アインは初めてタツヤの死を実感できたのだ。
　病院で見せられたタツヤの死体は、とても人間のものとは思えなかった。顔が潰れていたのだ。手足はちぎれ、内臓は破裂している様子だった。
　どうしても見ておきたいといったのはアインの方だったが、そのあまりもの惨たらしさに、あの肉塊はタツヤではないと思いたくもなったのである。
　「今日はゆっくりしていきましょ。チームのメンバーが葬式の準備をしてくれるそうよ」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　内輪だけの葬儀にもかかわらず、タツヤのチーム葬には大勢の人間が集まっていた。
　人気ドーラーの死去である。マスコミはもちろん取材に着ていたし、近郊に住むファンたちが、『チーム３１』の整備工場周辺を取り巻いたのだ。関係者を名乗る人達も続々と詰め寄せてきて、会場は明らかに手狭だった。
　しかし、そんな中で、絶対に来ていなければならない人のうち２人が、葬儀に参列していなかった。
　「お姉ちゃん……」
　つぶやくように言ってきたのはアイである。後ろにはハガが控えている。いつもは元気な彼女にとっても、たった１人の兄の死はショックだったようだ。
　「アインちゃん、それにハガさん。ごめんなさい、こんなことになっちゃって……」
　「いいの。いつかはこうなるんだからと覚悟はしていたんだから」
　しかしアインは、この場に１人足りない事に気付いた。
　「そういえばおじ様は？　ここには見当たらないようだけど」
　「旦那様は仕事の都合で来れないそうです。代わりに私にここに来るよう申し付けられました」
　アイに代わってハガが答えた。アイが突然興奮して怒りだす。
　「お父様は、お兄ちゃんが許せないのよ！　事業のことしか考えてないんだわ。お兄ちゃんの気持ちなんか、ぜんぜん分かってないんだから！」
　もう１人は、もっと重要な男だった。
　進行役のサカキが、みんなの前で発表したのだ。
　「本日、オーナーは葬儀に参列できなかった事を誠に残念にしておられたようですが、ここに弔電を預かっております。『ここに優秀にして将来性のある若きドーラーを、そして我々の得難き仲間を失われた事を、厚くお悔やみ申し上げます……』」

◆　　　　　　　　◆　　　　　　　　◆

　タツヤの墓標は、ベイビーチのほとりにある、海の見える高台におかれることとなった。ここは、代々の名のあるドーラーたちが葬られている場所である。タツヤにも、それに肖ってもらうこととしたのだ。
　遺骨を収めた骨壷を埋め、その上に墓石をおく。そして最後まで残った人達、主に『チーム３１』の仲間たちが、手をあわせて焼香した。
　そしてそこから一人一人去っていく。最後まで残ったのはアインだった。もう少しタツヤと語りたいの、心配しないで。そういって笑うと、チームのみんなは、そしてアイたちは、アインを一人きりにしておいてくれたのだ。
　「タツヤ。貴方はマッチメーカーで、何を見ていたのかしら。私のために？　父親に反抗するため？　いいえ違うわよね。きっと……」
　語りかけるだけで涙がこぼれて来る。しかしその目には、何かを決意した輝きがあった。
　どのくらいの時間が経ったのだろうか。
　タツヤの墓標に向かって、一人の男がやってきた。
　その男を見ても、アインは格別驚かなかった。しかし、相手の方は驚いた様子があった。
　「……こんな時間になっても、まだ一人でこんなところでいたのかね」
　すでに日は落ち、あたりを夜の静けさが覆っている。ここが墓地だけになおさら気持ち悪い。
　「何か用かね、アイン＝リーカス。忙しさにかまけていて葬儀にも参列できなかったことならいくらでも詫びるが」
　「どんなに忙しくても、話を聞くだけの時間はあるでしょう」
　アインは冷たく言い放った。その顔つきは、タツヤやアイや『チーム３１』のみんなに向ける時のものとは全く異なっている。
　「やれやれ、手厳しい。せめて墓石に焼香するだけの時間はくれないかね」
　男はそういうと、墓石に手をあわせた。

後書き

初出：'93/02/15 Niftyserve FCGAMEP MES(17) #572


再掲：'99/12/13 http://www.tky.3web.ne.jp/~junhelm/ss/tatsuya04.htm